そんなつもりはなかった。
そんなふうに思われるなんて、夢にも思っていなかった。
男子に話しているときのあたしが、どんな態度だった思い出せなかった。
それに、お母さんの話をするときも。
自覚がなかったあたしの振る舞いは、思いも寄らないイメージを相手に与えていた。
男子に好かれたいと思ってなにかを意識したことはない。当然、同情を引きたくてお母さんがいないのだと口にしたことも、ない。どちらかといえば、あたしは同情されないようにと、自ら伝えるようにしていたのに。口にすることで、逆に気を遣わせていたらしい。
笑っていればいいのだと思っていた。それは決してマイナスにはならないのだと信じていた。
そんなあたしを、みんなはどう思っていたのだろう。
ぶりっこ。無神経。空気が読めない。ワガママ。がさつ。
いくつもの単語が浮かんできて、それは切れ味のよくないナイフみたいに、あたしの心をビリビリと痛ませる。
あたしはそんな性格じゃない。でも、そうなのかもしれない。わからない。
否定ができないのは、少なからず自覚があるからなのかもしれない。
それから、あたしは家の話を極力しないようにした。お母さんの話はもちろん、おばあちゃんが車椅子であることも、家事を手伝っていることも。
そして、男子との接触も極力避けるようになった。露骨すぎるとかみちゃんたちに『気にしてるの?』『どうしたの』と言われるだろうと思い、できるだけ会話をするような機会にならないように気をつけた。流行りについても、口にしないように気をつけるようになった。
友だちの態度が急にかわった、なんてことはない。かみちゃんも、廊下での会話のあとも、それまでと同じように気さくに話してくれた。
けれど、それが、苦しかった。
気にしていないようにしなければいけない。
けれど、同じような振る舞いもしちゃいけない。
笑って過ごした。頬が引きつるほど、笑っていた。頭の中では常に、まわりがあたしをどう見ているのか、どう見えるのかばかり考えながら。
景くんと別れたのも、そのころだ。
あたしの態度が正しかったのか、それとも景くんと別れて話をすることがなくなったからなのか、それともどちらもなんの関係もないのか、あたしはそれ以降友だちに忠告されることはなく、無事に中学を卒業した。
中学時代の思い出は、決してつらいものではない。
でも、気が休まらなかったのはたしかだ。
だから、あたしは同じ中学から進学する子の少ないこの高校を選んだ。まわりの気持ちに鈍感だったころのあたしを知らない人たちと過ごすために。一からやり直すような気持ちだった。
高校では、男子とふたりで話は用事がない限りしなかった。そばに女子がいるときは、特に気をつけて男子と言葉を交わした。極力言葉を減らして、短い時間で終わるように心がけている。当然、合コンには行かないし、男女一緒に遊ぶときも断っている。思わせぶりなことをしないように。そうしていると、誰にも思われないように。
――『男ぎらいにしか見えないって』
友だちにそう言われるほど。
彼氏ができないのは問題だけれど、男ぎらいだと思われるのはそれほど悪いことではない。ぶりっこだと言われることに比べたら遥かにいい。中学の時よりも、ずっと肩の力を抜いて日々を過ごせている。
けれど、時折どうしようもなく不安に駆られることがある。
それまでのあたしが、自分では考えもしなかったイメージを抱かれていたように、主観と客観はまったくちがうことをあたしは知っている。
今のあたしは、正しいのだろうか。誰かを不快にさせてはいないだろうか。
一緒にいてくれる眞帆や浅香は、実はあたしのことを空気が読めない子だとは思っていないだろうか。
訊きたい。はっきりと教えてほしい。だめなところを指摘してほしい。
でも、聞きたくない。怖い。これだけ意識をしていても、中学時代とかわらない印象だったら、どうしていいのかわからない。
ごまかし笑って、隠して、取り繕って、まわりを気にして、不安になって。
――本当のあたしってなんなんだ。
「だめだ、帰ろ……」
ずんっと沈んだ気持ちから浮上しなければ。
ぶんぶんと頭を振って、すっくと立ち上がる。ノートに返事を書いてから帰ろうと思っていたけれど、家でゆっくり考えることにする。今はなんにも思いつかない。
背筋を伸ばして深呼吸をし、なんとなしに耳を澄ます。
文系コースはすでに授業が終わり、理系コースはまだ授業中という、騒がしさと静けさのまざった不思議な音が聞こえる。
どこかで、景くんは授業を受けているんだな。