遊女の実態を知らなかったはずがない父によって女衒に売られた私でも、敏正さんは手を差し伸べてくださる。その厚意を無下にはできない。

どうやら私を働かせようという気はなさそうだけど、できることはして精いっぱいお仕えしよう。

そう考えながら浴衣に着替え始めた。


やはり長すぎておはしょりで調節したものの不恰好だ。
けれども、敏正さんの浴衣だと思うと、彼に包まれているような気がしてなぜか安心した。

ふと窓の外を覗くと、ハナミズキが手に届きそうなところにある。


「きれいね」


こんなに穏やかな気持ちになれたのは久しぶりだった。

三谷家が傾き始め、借金取りの姿を目撃してから不安しかなかった。

女学校に通えていたのは、父の華族としての見栄ゆえ。
しかし、丸の内のビルヂングの建設がうまくいかないとわかり、私はみずから女学校退学を申し出た。

その後、退学手続きを待たずして女衒が現れ、遊女になる覚悟を迫られたのだ。

私は敏正さんへの感謝の気持ちを胸に、すーっと息を吸い込んでから布団に潜り込み、目を閉じた。


続きは書籍で