ネクタイを結び終わった敏正さんは、シャツの襟を正している。


「女衒は郁子を〝かなりの上玉〟と言ったが、俺もそう判断している。ただし、女としてではなく、人としてだ。救う価値のある人間だと勘が働いた。俺が手を貸す理由が欲しいのなら、そういうこととしか言いようがない。今は三谷家に帰りたくないだろう?ここにいなさい」


命令口調なのは、私がうなずきやすくするためという気がしてならない。


「はい。ありがとうございます」
「うん。行ってくる。わからないことは遠慮なく春江に聞いて」


私は玄関に向かう敏正さんを追いかけ、正座する。


「見送りなどいいのに」
「いえ、これくらいさせてください。行ってらっしゃいませ」
「うん」


敏正さんは玄関先で待っていた一橋さんと一緒に、人力車に乗って去っていった。


「郁子さま、お布団の準備ができましたよ」