一橋さんはにっこり笑ってから部屋を出ていく。

ほどなくして足音が聞こえたと思ったら、新しいシャツに着替えた敏正さんがネクタイを結びながら再び顔を出した。


「春江に二階の部屋に案内してもらいなさい」
「でも私、ここにいてもよろしいのですか?」


母が副社長の奥さまの学友というだけで、こんなに親切にしてもらえるなんて不思議でたまらない。


「もちろん。それともここでは不服か?」
「とんでもない。ですが、助けていただくいわれがありません」


本当のことを言えば、今は父に会いたくない。

さすがに父は遊女の行く末を知っていたはずだ。
それなのに、私をあっさり女衒に引き渡した父と顔を合わせて、笑っていられる自信がない。


「父は常々、自分の勘を信じろと話す。笑顔で嘘をつく人間はいくらでもいるからね。俺は、大門を前に毅然としていた郁子を美しいと思った」


美しい?