「お前は、吉原がどういう場所か知っているのか?」
「もちろんです。あなたがひと晩お楽しみになってこられたのも」


金にものを言わせて女を買う男に強い反発心を抱いていた私は、きつい口調になってしまった。


「私は……。まあいい。お前は――」
「お前ではございません。三谷郁子という名がございます」


つい突っかかってしまうのは、本当は吉原の大門をくぐることに震えているからだ。
気丈に振る舞っていなければ、涙がこぼれそうだった。


「子爵家のご令嬢ともなると、お高くとまっていて困りますなぁ」


女衒が漏らすと、男がなぜか驚いたような表情を見せる。


「三谷? まさか、三谷茂(しげる)子爵のご令嬢か?」


どうやら父を知っているようだ。それは気まずい。

せっかく人目のつかない夜中に家を出てきたのに、三谷家は娘を遊郭に売るほど落ちぶれたと、あっという間に世間に広まってしまう。