「あぁ、噂をすれば……」


敏正さんがつぶやくと、その一橋さんが姿を現した。
凛々しき一字眉を持つ彼は、三つ揃いに身を包んでいる。


「あっ、すみません」


私を見た彼は、改まって廊下に正座した。


「三谷郁子でございます。先ほどはお見苦しいところをお見せしました」


私は体を一橋さんのほうに向けて頭を下げた。


「いえいえ。まさか三谷子爵のお嬢さんだとは。私は敏正さんの教育を任せられております一橋孝義と申します。敏正さん、嫌々でしたが妓楼にお泊まりになってよかったですね」

「はい。腹は立ちますが、あの女好きの官僚に感謝しないといけなくなりました」


嫌々? 官僚?
話が読めない私は首をひねる。

一橋さんは部屋に入ってきて、私たちの前にあぐらをかいた。


「女衒には少々金を握らせましたが、五千圓は女衒を通さず直接三谷家にお渡しする手はずを整えてきました」