「それに、驚いたのだよ。『余計な憐みはいりません』と凛とした表情で叫んだ郁子にね。俺の周りは、男であっても自分の意見を主張しない者が多くて歯がゆい。相手の顔色を見て発言をころころ変えるやつばかりだ。少々うんざりしている」

「それは、敏正さんが大きな会社の社長のご子息だからでは?気を使うのはあたり前ではありませんか?」


思ったことを口にすると、彼はクスクス笑いだした。


「郁子は俺が津田紡績の後継ぎだと知っても、言いたい放題だが?」

「あっ、申し訳ありません」

「あはは。謝る必要はない。それがいいと言っているんだ。会社では仕方がないが、私的な場所でまで気を使われるのは息苦しくてたまらない」


たしかに私もそうだった。
自分の家なのに、父の前ではたおやかな作り笑いを浮かべ、気品高い令嬢を装わなければならなかったのは、窮屈で実に無駄な時間だったと思う。