彼の話が本当ならば、私は命を救われたのかもしれないと感じたからだ。


「郁子。俺はなにも礼を言ってほしいわけでは」


焦ったような声とともに、隣に来た敏正さんに「頭を上げなさい」と肩を持ち上げられた。


「子爵家に育ったとあらば、そのあたりの事情など知らなかっただろう。兄弟のためにという郁子の覚悟は潔いが、自分も大切にしなさい」


とても帝大を卒業して数年とは思えない落ち着き払った言葉にうなずく。


「敏正さんは、どうして私を助けてくださったんですか?」


津田紡績がどれだけ繁盛していても、五千圓もの大金を見ず知らずの女にポンと払うとは思えない。
しかし、彼と面識はない。