好奇心が疼く私は、お月見でもしたら楽しそうなんて呑気な考えが頭をよぎったが、素直に彼についていってもよいものかと顔をひきつらせた。


「どうした?」
「……いえ」
「腹が減った。飯にしよう。春江 (はるえ)」


彼は玄関の戸を開けて、家の中に向かって声をかけている。

春江というのはおそらく女中だろう。

私にあんぱんを買ってくださったのに、自分はお腹を空かせていたの?
一緒に食べればよかったのに。

いや、紳士が人力車であんぱんをかじるなんてみっともないか。
私はあまりの空腹に負けて食べてしまったけれど。

見ず知らずの私をあっさり家に上げる津田さまの警戒心のなさになんとなく安心した私は、彼を追いかけるようにして玄関に足を踏み入れた。

しかし津田さまはすぐにどこかに姿を消してしまった。

玄関の土間をふらふらと進んでいくと、炊事場が見える。そこは火袋――吹き抜けになっていた。