体育館前に着いた僕らは、これから始まる最後の学校行事に緊張が支配していた。

 目の前にある黒のカーテンの先は、何度も練習した式場が華やかな紅白幕に包まれているのだろう。

 式場外である廊下まで司会の先生の声が聞こえる。

『卒業生が入場します。拍手でお迎えください』

 その声に皆の顔が変わった。

 キリッと真剣な顔で、それでも笑顔は忘れないそんな顔だった。

 僕は、入学式の時の自分と対比していた。

 中学校生活に夢と希望で溢れていた頃、まだ僕はあまりにも小さかった。

 ぶかぶかだった制服は、もう着慣れてぴったりになった。

 そして、入学当初の中学デビューをする不安だった思いは、失敗したからというのもあるが、消え去り、高校をどうしようかという未来への希望が生まれる。

 そして、僕らは、ひとりひとり歩みを進める。

 式場に入って、僕は圧倒された。

 絶えない拍手に、大勢の観客。

 沢山の人に見られて普段なら萎縮(いしゅく)するはずが、背筋が勝手に伸びて、自然と視線が前を向き、顔に笑みが溢れる。

 そして、僕は澄春(すばる)と目が合う。

 彼は、僕をじっと見据えて、頑張ってくださいよと言ってくれているようだった。

 それから少しあとに、元カノと目が合う。

 記憶通りにとても美しかった。

 きっと、僕も含めて、誰もが、その容姿に息を飲むだろう。

 彼女は、こんな僕にも優しく一瞬だけ微笑んでくれたような気がした。

 それから、長椅子に座り、僕らは、校長の話やPTA、来賓(らいひん)のお偉いさん方の話を聞いた。

 正直、ここはつまらないし、退屈だが、それでも、彼らが話すことは自分の心に引っかかって考えさせるものがあった。

『卒業証書授与』

 そう司会の先生が言うと、僕らは一斉に、立ち上がる。

 名前順にそれぞれが呼ばれ、校長から証書を受け取る。

 このときが一番緊張する。

 ドキドキしながら、待っていると、とうとう僕が呼ばれるまで三人となったので、卒業式の練習通りに、演台前に向かう。

 心音がやけに大きく聞こえる。

冬山(ふゆやま)柚宇(ゆう)

 そして、僕の名前が呼ばれた。

「はい!」

 僕は、自信を持って返事をできたと思う。

 緊張真っただ中の今にしては、上出来だ。

 フラッシュライトに照らされてできた道は、まるで自身の三年間の軌跡(きせき)のよう。

 そして、演台の前の校長と対面。

 白髪(しらが)がよく似合う60代のおじいさんだが、普段の貫禄のある顔つきではなく、孫を送るような好好爺(こうこうや)然とした雰囲気が漂っていた。

「卒業、おめでとう」

 小さな声で渡される際、そう言われた。

 きっと、全員に言っているのだろう。

「ありがとうございます」

 僕は、小声でニッコリ笑って答えた。

 盛大な拍手と共に、短い見せ場が終わる。

 僕は、演台から降りた。

 そして、在校生からの送辞が送られた。

 これを言うのは、澄春と元カノであるあの子。

 澄春は、いつも通りの笑顔溢れる顔から一変して、真剣な顔つきになっていた。

 あの子の顔は、ライトの反射で直視できない。

『厳しい冬の寒さの中にも、春の訪れを感じることの出来る季節となりました。本日、晴れてこの季理町(きりちょう)中学校卒業式を迎えられた第百一期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます』

 澄春が、在校生の挨拶をする。

 僕は、本当にやるなんて思っていなかったから驚いていた。

 まぁ、僕は答辞をするんだけど。

 澄春が、自分の分の送辞を言い終えると、僕の元カノである彼女が発する。

 その小さな口からは、全人類を魅了する温かな声が発せられる。

 彼女は、送辞のテンプレを言い、最後に、

『先輩の皆様、私たちは先輩方の後輩としてこの学び舎でともに生活できたことを心から誇りに思います。これまで本当にありがとうございました。先輩方のご健康とご活躍を祈念して、在校生代表の送辞とさせていただきます』

 そうしめて、そして、

『在校生代表。桜川澄春』

波葵(なみき)海帆(みほ)

 元カノ──波葵は最後に自身の名を名乗って演台から降りた。

 そして、すれ違う瞬間、僕らは目が合ったような気がした。