「──でさ! クラス変わる前にどっか遊びに行かない?」
「いいねー! 賛成」
「波葵ちゃんもどう?」
「──っ! あぁ、うん。行こうか」
やってしまった。柚宇君のことを考えすぎてボーッとしてしまった。
案の定、同じ塾のクラスメイトの桜川君や他のクラスメイトもこちらを怪訝そうな目で見ている。
慌てて返事をしたけど遅かった。
担任の先生が来て、卒業式の注意を済ませてから、私たちは卒業生より先に、体育館に向かう。
指定された長椅子に座り、たまたま席が近くなった桜川君と話をしていると、彼は、
「波葵、大丈夫? さっき、ボーッとしてたから」
心配そうに尋ねてきた。
彼は、優しい。
柚宇君といつも居るからか、誰かに無条件に優しくすることを知っている、そんな目をしている。
「大丈夫だよ。きっと、寝不足だと思うから。心配してくれてありがとう」
私は、そう言うと、桜川君は別の友達と会話をした。
そして、数分後、卒業式の司会担当の先生が、
『卒業生が入場します。拍手でお迎えください』
そう言い、私たちはお喋りをやめる。
卒業生が、希望に満ちた表情で、入場してくる。
来年は、私たちもあの列にいる立場だが、果たしてあんな顔を出来るのだろうかと、少し、疑問に思った。
列の後ろの方にいる人物と目があった。
柚宇君だ。
彼は、気まずそうに目をそらそうとしていたが、私は、ニコリと微笑みかけた。
想う気持ちは昔から変わらない。
それから、卒業式は滞りなく進んだ。
話の長い校長先生や、PTA関係の方の話を聞いてから、卒業賞状授与が始まる。
担任の先生から、最後に名前を呼ばれる機会。
担任である女の先生から、柚宇君は名前を呼ばれ、かっこいい低い声で返事をした。
何度聞いても、胸がキュンとなる声に、私はやっぱり、この人のことが好きなんだと思う。
そして、送辞の時間がやって来た。
私は、この送辞に立候補していて、締めをくくる役を担っている。
柚宇君が卒業するから、最後にでも、アピールをしておきたかったのだ。
ちなみに、桜川君も立候補していて、私は、彼に何度か練習で上手く大きい声を出す方法を教えた。
正直、彼のような明るくて騒がしい男子はあまり好きじゃない。
私は、柚宇君のような物静かな人が好き。
演台に登って、桜川君が初めの挨拶を言う。
彼の声は澄んでて綺麗だと思う。
もし、私が柚宇君の立場なら、すぐに後輩にしたい。
桜川君は、弟みたいな存在だ。
彼が、送辞のほとんどを言い終えたあと、私たちは交代する。
すれ違い様に、彼は私に優しく微笑んだ。
私は、マイクの前で一度、ふぅと息を吸う。
短く吐いてから、
『先輩の皆様、私たちは先輩方の後輩としてこの学び舎でともに生活できたことを心から誇りに思います。これまで本当にありがとうございました。先輩方のご健康とご活躍を祈念して、在校生代表の送辞とさせていただきます』
そう言って、私は送辞を終えた。
演台から降りて、席に向かう際、柚宇君と目があったような気がした。
それから、柚宇君と女子生徒の答辞を聞いた。
柚宇君は、少し緊張したような声色で、答辞を言っていた。
人前で柚宇君がなにかをするというのを見たことがないから、私は新鮮な気持ちで彼を見ていた。
やっぱり、かっこいい。
この答辞が永遠に続けばいいのに──緊張している柚宇君からしたら、すごく迷惑なことだけど、そうすれば、彼のことをずっと眺めていられるから。