ギョンボーレの図書館は、オベロン王の宮殿よりも更に巨大な建物だった。宮殿の裏から真っすぐ伸びる通路のその先に、それはそびえている。まるで図書館が本殿で、宮殿はその入り口に過ぎないかのような配置だった。

『私たちはなによりも知識を敬い、重んじます。商売も、(まつりごと)も、魔法の使用も、知識があって初めて行うことができる。知識があるからこそ我々は生きることができる。それは王も例外ではありません』

 フェントは、ギョンボーレの価値観を語る。見かけはセンディと同じくらいの子供だったが、その話しぶりは大人のものだった。元の世界のファンタジーだと、エルフは人間より寿命が長いという設定が定番だった。この種族も、見た目以上の年齢だったりするのかもしれない。

「これは……」
「ハハ……すげぇなコレ」

 図書館の内部に、全員が圧倒された。建物の中央は、吹き抜けのホールになっていて、はるか高い天井に円形のドームがかぶさっている。そのドームを支える円筒形の壁面すべてが本棚だ。
 吹き抜けの周囲には本を取るための回廊が巡らされている。その回廊は全部で5層。地上階を含めると6階分の高さの壁。その全てにぎっしりと本が収めれている。
 中央ホールだけじゃない。そこから三方に向かって長い部屋が伸びていて、その壁もやはり本棚となっている。壁だけじゃない。室内には人が歩けるスペースを残して、並べられる限りの本棚が並べられている。

「これ、全部で何冊くらいあるんですか?」
『正確な蔵書数は不明ですが、この世界で書かれたありとあらゆる書物が収められていると言われています。ギョンボーレ族、人間族はもとより、魔族の記した書も。……恐らく数十万冊になるかと』
「はぁ~」
「日本の図書館じゃ数十万冊なんて珍しくないけど……」
「この世界には、手書きか、ごく簡単な印刷技術で刷られている本しかなさそうですね。そうなると、数十万はものすごい数です」

 いつの間にかリョウとハルマは、棚から何冊か取り出し、ホール中央のテーブルに広げていた。工場で大量に印刷できる令和日本ならいざ知らず、この世界の本の発行部数なんてごく少数だろう。それが数十万冊となると、確かにとんでもないスケールだ。

「リョウ、もし文字が読めるようになったら」
「……うん。投影し放題ね」

 この図書館を活用できれば、リョウの〈叡知投影〉は正真正銘SSRスキルとなるだろう。

「その文字が問題なのよ」

 テーブルにシランが歩み寄ってきて、開かれたページに目を落とした。

「ウチらそもそも、この世界の文字が全部で何種類あるのかすら知らないワケじゃん? まずはそっからでしょ」
「シラン、いい所に気が付いたね。アルファベットは26文字、ひらがなカタカナは50文字弱。この世界のが表音文字ならそのくらいで済む」

 リョウは話す。

「けど漢字はちがう。表意文字とか表語文字っていうんだけど、一つの文字に特定の意味や発音まで含まれるから、何万文字にもなる……」

 この世界の文字がどちらのグループかあるいは全く別の発想で作られた文字なのか。それ次第で難易度は大きく変わるわけか。

「リョウさん、それだけじゃないよ」

 首を振りながらハルマが言う。

「複数の文字を組み合わせて使ってる可能性だってあります」
「どういうこと?」
「思い返して下さい。俺たち日本人って何種類文字使ってました?」
「あっ!」

 漢字とひらがなとカタカナが思い浮かぶ。そうか……その可能性もあるのか。

「日本語だけで漢字、ひらがな、カタカナの3種類。そこにアルファベット加えて4種類。数字は普通アラビア数字ですけど、時々ローマ数字を使うので、6種の文字を使い分けてることになります。それに今、魔族の本もあるって言ってましたよね? 人間とギョンボーレと魔族で違う言葉や文字を使ってるとしたらどうなります?」

 クラクラしてきた。それをどうやって整理すりゃいいんだ……?

「ちょっといいですか?」

 アツシが手を挙げた。全員の視線が最年少の転生者に向けられる。

「どうした?」
「僕に考えがあるんです。えっと、フェントさん。あなたは何処まで協力してくれるのですか?」
『父より命じられたのは皆様の寝泊まりと食事、それとご希望の書をこの長机に運ぶことだけです。書の内容のや、わからない言葉の解説は出来ません』

 つまり翻訳作業自体ではなく、身の回りのサポートに限られるわけか。

「わかりました。それじゃあ、早速一冊持ってきてほしい本があります」
『どのような本をご所望ですか』
「辞書です。そんなに語数はいりませんが、とりあえず辞書を一冊」
『かしこまりました、お待ち下さい』