「リョウさん、昨日仕込んだビールしあがりました!」
「ああハルマ、ありがとう。それも明日、村に持っていくから、荷車に積んどいてくれる?」
「了解です、じゃーマサっさんよろしく!」
「って力仕事は俺かい!?」
「僕はホラ、知識と酒造り担当なんで」

 本日の辞典の加筆分を書いていると、小屋の外でリョウたちの声が聞こえてきた。明日の交換に持っていく物資の準備だ。オレたちは、手土産を持って足繁く村に通っているが、もちろん正式な交易も続けている。十日に一度、荷車にビール(バーハ)や干し肉、干し魚などを満載して山を降りる。
 言葉がわかってくると交易で得られる品も増えていった。大工道具や日用品を交換し、それを使って村の設備を整える。アキラ兄さんの植物魔法だけでは形作れなかった、本格的な醸造設備が完成した事でこの里の生産性は飛躍的に向上した。
 ……一方で、前回からビール(バーハ)樽一つと交換してくれるフフッタ粉の量が減っていた。オレたちも村人も何も言わなかったが、貯蓄の出し惜しみを始めている。聖石消失による影響で、今年の作柄が望めないのだろう。冬に向けて、できるだけ多く貯蓄しておきたい。村がそう考えるのは当然だし、オレたちにそれに文句を言う権利はなかった。

 このままでは、はぐれ転生者の里はあの村と共倒れになってしまう。リョウも別の村との交易も始めようと提案していた。村とは逆方向に山を3つほど越えると海に出て、漁村もあるというのだ。そこと交易を始めれば海魚や塩が手に入る。それに山間の村では使わない言葉を知ることもできる。オレもこの考えはアリだと思っていた。

 だけど……何よりもまずあの村を救わないと。

「新しい聖石か……」

 あの村周辺の地図を広げながら考える。小さな村といっても周辺地域は広大だ。畑や溜池のある平地を、ぐるりと取り囲むように山々が連なっている。マナの乱れで雨雲が停滞している南の街道までの距離を考えると、聖石の有効範囲は相当広い。その中から、あの石のかけらをどうやって探せばいいのか……?

「ゲン、ちょっといい?」

 入り口の壁をコツコツと叩きながら、アマネが入ってきた。

「どうかした?」
「うん。わたし、明日の交易ついていくつもりなんだけど、この前あんたにあげたアイデアどうだったかな、と思って」
「ああ……超大成功! めちゃくちゃウケたわ!!」

 子どもたちの前でオーバーアクションをとるのはアマネの提案だった。

「おかげで、予想外の単語をいくつか仕入れられたし」
「ホント!? やったぁ! じゃあ、明日はあたしもやってみようかな」
「大丈夫? けっこう尊厳を捨てなきゃいけないぜ?」
「ふっふっふ……元教育学部を舐めちゃあいけませんぜ」

 彼女こういうときのノリが謎に良い。クイッと押さえたメガネのレンズが怪しく光る。村から仕入れた道具のおかげで木細工ができるようになったため、ツタでぐるぐる巻の不格好な眼鏡は、いくらかすっきりした木製のフレームに変わっていた。

「子どもたちと遊ぶのに、乙女の恥じらいなんて無用の長物だってことくらい……あれ?」

 話が途切れる。オレが机の上に広げていたものに気づいたようだ。

「この前あたしが作った地図じゃん。どうしたの?」

 オレが今眺めていた地図は、リョウの発案で作り始めたものだ。里周辺で行う狩りを除けば、オレたちの移動はあの村との往復しかない。他の村との交易もするとなればこの地方一帯の地図が必要となる。
 地図作成はアマネとアキラ兄さんで行うこととなった。アマネの〈足跡(マーカー)〉スキルを応用して簡単な測量を行う。それに加えて兄さんの植物魔法と足場職人の知識を使えば、どこにでも観測用のやぐらが組める。2人は1週間ほどかけて、村周辺の地形図の第一弾を作り上げた。まだまだ精度的に怪しいところもあるけれど、周辺に何があるのかがおおよそ書き込まれている。

「あんまりマジマジ見ないでよ……恥ずかしいじゃんか」
「いやいや、初めてでこれだけのもの作れたんだからすごいって」
「へへ……そりゃどうも。で、なんでこれ見てたの?」

 一瞬、オレは戸惑う。聖石の件を話すべきだろうか? いや、駄目だ。すれば皆、協力するとか言い出しそうだ。でも、これはオレだけで解決しなきゃいけない問題だ。

「うん?」

 思案するオレに怪訝な顔を向けるアマネ。困ったな……。

「ゲンさん!!」

 その時、アツシが部屋に入ってきた。よかった、うまく話をはぐらかせる。そう思ったけど……
 
「ど、どうした、アツシ?」
「大変です、早く来てください!!」

 アツシの顔は血の気がひき青ざめていた。