さて、どのタイミングで声をかけようか。「あれ? 奇遇だね」と言っても不思議じゃない場所。例えば服屋や本屋がいい。そんなことを考えていると心春が駅に併設された本屋に入っていくのが見えた。ちょうどいい。ここで声をかけよう。参考書コーナーへと向かった心春を追いかけると、美桜は声をかけようとした。

「うえ――」

 けれどその言葉を美桜は必死に飲み込むと、慌てて一つ手前の本棚の影に身を隠した。今、見てはいけないものを見てしまった気がする。

「何やってんだよ」

 敦斗が怪訝そうな声で美桜を呼ぶけれどそれどころではない。

「何でもないよ。やっぱり帰ろ」
「心春に何か用があったんじゃないのか? そこにいるだろ?」

 そう言うと敦斗は心春が向かった先を覗き込もうとした。

「あっ」

 止めることはできなかった。美桜の差しのばした手を敦斗はするりと抜けると、本棚の向こうに姿を消した。美桜はそんな敦斗のあとを恐る恐る追いかける。

「敦斗……」

 そこには、心春よりも随分と身長の高い別の学校の制服を着た男子と、男子の腕に自分の腕を絡める心春の姿があった。もしかしたら心春のお兄さんかも知れない。そんな淡い期待は、心春の表情を見て打ち砕かれる。そこにいたのはどこからどう見ても好きな人の隣に立つ、恋する女の子だったから。
 そして同時に微動だにしない敦斗が心配になる。今どんなことを思っているのだろう。ショックを受けているのではないか。傷ついて泣きそうになっているのかもしれない。美桜にできることはないだろうか。何か、何かできることは……。

「なぁんだ」
「え?」

 必死院考えていた美桜の耳に聞こえたのは、敦斗の間の抜けた声だった。

「切羽詰まった表情してるから何かと思ったら晴斗じゃん」
「晴斗? ……って、え? 晴斗君?」

 敦斗の言葉に、美桜はもう一度心春の隣にいる男性を見た。そこにいたのは、確かに敦斗の三つ上の兄、晴斗だった。美桜の兄である敬一と同級生なのもあって何度か会ったことはあるけれど、ここ数年は顔を見ることもなかったので気づかなかった。けれど、晴斗と心春がどうして一緒にいるのか。それに心春の表情の意味は。
 美桜はもしかして、と思った。もしかして、敦斗は。

「二人って、付き合ってるの?」
「……ん、そうだよ」
「知ってたんだ……」