見えていません。気のせいです。そう言いたいのに、今それを口に出してしまうと周りの人が何事かとこちらを見るだろう。注目されるのも奇異の目で見られるのも嫌だ。
 結果、美桜は敦斗の声を無視した。気のせいだと思い込みたかった。気のせいじゃなかったとしたなら、目が合ったということを気のせいだと思って欲しかった。
 けれど、そんな美桜の想いも空しく、敦斗は美桜のそばまで来て目の前で話しかけてくる。

「美桜がうちに来るのなんてあのとき以来だよな。ってか、さすがの美桜でも俺の葬式には来てくれたんだ」

 気づかないふり、気づかないふり。
 廊下に出た美桜は壁にもたれかかる。そんな美桜の顔の横に掌を当てると、敦斗は顔を近づけて言った。

「気づかないふりってちょっと酷いんじゃない?」
「なっ……私、は」
「あ、やっぱり聞こえてんじゃん。ひでえな、死人に優しくないぞ」
「と、いうか死んだならどうしてこんなところにいるの?」
「わっかんねえ」

 敦斗は美桜と同じように壁にもたれかかると、そのままズルズルと身体を滑らせて床に座り込んだ。誰かが来たときに言い訳が難しいので美桜はそのまま立っていることにした。
 本音は今すぐここから逃げ出したい。けれど、敦斗があまりに不安そうな表情を浮かべているから動けなくなってしまった。

「わかんないって……」
「車にぶつかりそうになって、次に目を開けたら宙に浮いてて、俺の死体のそばで両親が泣いてた。あとは通夜だ葬式だって俺の身体が自宅に連れて帰られたから一緒に帰ってきたんだ。まさか美桜に会うなんて思わなかったけど」
「……私だって、死んだって聞いてたあんたに会うなんて思ってなかったよ」

 できるならもう二度と会いたくなかった。美桜は敦斗に負い目を感じていた。美桜がいたせいで、ぐちゃぐちゃになってしまったものがあった。一度壊れたものはもう二度と元には戻らない。自分のせいで、と責め続けた。そして一人になることを選んだ。それは自身に課せられた罰だとそう思っていた。
 
 なのに何の因果か高校まで一緒になり、死んでまでこうやって姿が見えるなんて。自分のしたことを忘れるなと神様が言っているのかとさえ思う。
 美桜はため息を吐いた。違う。もう敦斗とは何の関係もないのだ。