「え? あ……はい」

 やはり先程までの出来事は夢の中でのことだったようで、心配そうに見つめる岡野の頭上で敦斗はあぐらを掻いていた。

「大丈夫ならいいんだが……。それにしても外崎は細村と仲がよかったんだな」
「え?」

 唐突な一言に理解が追いつかない。なぜ突然敦斗の、それも美桜が仲がよかったなんて話になったんだろう。不思議に思っていると、岡野の後ろから蜂矢がニヤつくように笑った。

「外崎、寝言でずっと『敦斗……敦斗……』って呼んでたぞ」
「う、うそ!」
「ホントホント。何? 外崎って敦斗のこと好きだったわけ?」
「ち、ちが」

 否定しようとするけれど、もはや美桜の言葉など蜂矢の耳には届いていないようだった。にやつきながら囃し立ててくる蜂矢に、美桜は泣きたくなる。そんな美桜を助けてくれたのは、意外な人物だった。

「くだらない」
「は?」

 後ろの席から聞こえたその声は凜としていてバスの中に響き渡る。姿を見なくてもわかる。その声の持ち主は心春だった。

「おい、くだらないってどういうことだよ」
「そのままの意味だよ。くだらない」
「心春、お前!」
「だって本当は蜂矢も思ってるんじゃないの? 今日、ここに敦斗がいてくれてたらって」
「それ、は」

 蜂矢の声のトーンが暗くなり、俯いてしまう。バスに乗るクラスメイトたちのふざけるような声も静まり返ってしまう。
 それでも心春は言葉を続ける。

「私だってここに敦斗がいてくれたらって……そう思うよ。敦斗と幼なじみの外崎さんなら、余計にじゃない?」
「幼なじみって、んな話聞いたことねえよ」

 蜂矢は疑わしそうな視線を美桜に向けた。けれど美桜は、なぜそれを心春が知っているかということの方が驚きで、口を開けたまま心春を見つめる。心春は蜂矢に見えないようにウインクをすると、優しく微笑んだ。

「あんたが知らないだけだよ。ね、美桜ちゃん」

 わざとらしく名前で呼ぶ心春の意図が美桜にはよくわからなかった。けれど、嘘をつくわけにもいかず小さく頷いた。

「幼なじみ、というか小学校からずっと一緒なだけだよ」
「そういうの、世間一般では幼なじみっていうんだよ」