「……別に、ああでも言わないと話まとまらないと思ったから」

 バスの中はテンションが上がっているせいかみんな普段よりも声のトーンが大きくて、美桜が一人でブツブツ言っていても気にとめるどころか誰の耳にも届いていないようだった。

「と、いうかそこ誰か座ってくるかもしれないよ」
「大丈夫じゃない? ほら、先生点呼取ってるしもう全員座ったみたいだから」

 敦斗の言葉通り、バスの一番前に立った岡野が人数を数えているのが見える。バスのドアは閉まり、出発寸前だった。
 隣の席に座る敦斗は楽しみで仕方がないのかずっと笑顔を浮かべている。その笑顔が見えただけで来てよかったと思えてしまうから不思議だ。

「何?」
「え?」
「今、俺のこと見てたでしょ?」
「み、見てないよ!」

 気づかれたことが恥ずかしくて、美桜は敦斗から顔を背けると窓の外に視線を向けた。動き出したバスは、学校を出て市道を走る。目的地のテーマパークまでは車でたしか四十五分ほどかかるはずだ。
 美桜は窓にもたれると、わざとらしく目を閉じた。寝たことにしてしまおう。そうすれば敦斗が美桜に話しかけてくることもない。

「美桜? 寝たの?」

 動かなくなった美桜に、敦斗は尋ねる。わざとらしく規則正しい呼吸を繰り返すと、寝息だと勘違いしたのか敦斗は美桜に声をかけることはなくなった。
 美桜しか話せる相手がいないというのに可哀想なことをしてしまっただろうか。
 薄め目を開け、敦斗の様子を覗き見る。敦斗は背もたれの方を向き、バスの後方を見つめていた。その視線の先に誰がいるかなんて、確かめなくてもわかる。
 胸が、痛い。痛くて苦しくて仕方がない。
 そっと目を閉じるとだんだんと身体が重くなるのを感じる。気づけば美桜は深い眠りに落ちていた。


 目が覚めたのは、それからたっぷり時間が経ってからだった。市道を走っていたバスは、いつの間にか山の中の自然豊かな道を、車体を大きく揺らしながら走っている。こんな道、テーマパークに行くのに通ったっけ。美桜が不思議に思っていると、隣に座っている敦斗が微笑んだ。

「おはよ、よく寝てたね」
「ここどこ?」
「さあ? どこだろ」