敦斗は未練を晴らすためにここにいるというのに。敦斗には好きな人がいるというのに、どうしてこんなにも敦斗のことを想うと気持ちが乱されるのだろう。いつの間に、こんなにも好きになってしまっていたんだろう。好きになったって仕方ないのに。もう二度と触れあうこともできないのにどうして。

「美桜?」
「……なんでもない。なんかちょっと眠くなってきちゃった」
「またぶり返しても大変だから今日はゆっくりして。俺も向こうの部屋、戻るからさ」
「わかった」

 部屋を出て行く敦斗の背中を美桜はジッと見つめる。ドアの向こうに敦斗の姿が消えた瞬間、美桜の瞳からは涙が溢れた。
 必死に声を押し殺すけれど涙は止まらない。
 どうして今なんだろう。どうしてもっと早く敦斗と向き合わなかったんだろう。どうしてもっと早く敦斗を好きにならなかったんだろう。
 ううん、本当はずっと好きだった。ただその気持ちを認めるのが嫌で自分なんかが好きになっていいわけがないって逃げ続けていた。
 美桜の頬を伝い落ち、シーツに涙の染みができていく。強く握りしめたところはしわくちゃになってしまった。それでも美桜の涙は次から次に溢れてくる。

「好き……」

 今だけ、今だけだから。

「好きだよ……」

 次、顔を合わせたときにはこの気持ちに蓋をして敦斗の未練を晴らすことだけを考えるから。だから今だけは……ようやく認めることができたこの気持ちに、向き合わせて……。
 美桜は顔まで布団に潜り込むと、声を押し殺して泣き続けた。その思いに、区切りをつけるために。


 結局、敦斗と次に顔を合わせたのは翌月曜日の朝だった。
 部屋を出たところの廊下で、敦斗とはち合わせた。顔を見合わせたあと、敦斗は少し気まずそうに頭を掻いた。

「あ……」
「えっと」

 微妙な空気が流れそうになるのを感じて、美桜は顔を上げた。

「おはよ」
「え?」
「おはよう」
「……おはよ」

 美桜の言葉に、敦斗は少し安心したような表情を浮かべると、いつものように言う。手早く朝ご飯を食べると、いつもより早めに家を出た。
 警報が出ていただけあって随分と雨風は酷かったらしい。学校に行く途中の道にはどこからか飛んできた草木が転がっていた。

「だいぶ酷かったんだね」
「そうだな。台風並みだったよ」
「そっ、か」