ふいに、心春の言葉がよみがえる。心春は美桜の知らない敦斗のことを知っていたのだろう。それが無性に悔しくて切ない。
 美桜はベッドに座ると、相変わらず心配そうに見下ろす敦斗に尋ねた。

「ねえ、敦斗って何が好きだった?」
「え、何。突然」
「んー、なんとなく。私、敦斗のこと全然知らないなって思って」
「そうかな?」

 首をかしげながら敦斗は美桜の隣に腰掛けた。思ったよりも近い距離に、美桜は心臓の音がうるさくなるのを感じる、けれど、それを敦斗に気づかれないように平静を装い口を開いた。

「そうだよ。敦斗の好きなものとか嫌いなものとか他にも知らないことがいっぱい」

 拗ねたような口調で言う美桜に、敦斗はふっと微笑むと優しい口調で言った。
 
「でも、きっと美桜しか知らないこともたくさんあるよ」
「え?」
「それじゃ、ダメ?」

 美桜には敦斗の言葉の意味がよくわからなかった。美桜しか知らない、敦斗とは。
 首をかしげる美桜に敦斗は言葉を続ける。

「たとえば、ばあちゃんの病気が受け入れられなくて逃げてた情けない俺とか」
「それは……」
「あと……美桜が死んじゃうんじゃないかって心配で、声を荒らげる俺とか」

 恥ずかしそうに笑う敦斗に、美桜は胸がいっぱいで何も言えなくなった。たしかに心春の言うとおり、美桜の知らない敦斗はたくさんいる。でも美桜にしか見せてない顔もあるのは嘘じゃないから。

「それに」

 敦斗は頭を抱えると、小声で言った。

「こんなふうに女子の家来るの、初めて」
「そ、れは」

 敦斗の言葉に、美桜は自分の頬が熱くなるのを感じる。そんなこと言わないで欲しい。だってそれは。

「私も、一緒だよ」
「って、いっても美桜には兄ちゃんもいるしそんなに気にしてないんだろ?」
「そんなわけない!」

 思わず立ち上がり大きな声を出してしまう。そんな自分が恥ずかしくて慌ててベッドに座り直すと、敦斗を見ずに口を開いた。

「お兄ちゃんと、敦斗は……別だよ」
「……そっか」
「そうだよ」

 なんとも言いがたい空気が美桜と敦斗を包む。隣に座る敦斗のことが恥ずかしくて見えない。心臓の音が妙にうるさくて頬が熱い。