その言葉が、美桜には辛かった。必死に首を振ると、熱のせいか息苦しいのを必死に押し殺し言葉を紡ぐ。

「わた……しに、できること……それぐらい、だから。なのに、風邪引いちゃって、ごめん」
「謝らないで。美桜は何も悪くないんだから……。俺、さ……今日ほど自分が死んだことを悔しく思ったこと、ないよ。美桜がこんなに辛そうなのに助けてやることもぬるくなったシートを変えてやることさえもできない」
「そんなこと、ない」

 何もできないなんてことはない。敦斗は知らないんだ。熱が出てたった一人でいるときの心細さを。こうやってそばにいてくれるだけでどれだけ美桜が安心できているかを。敬一が家を出てからは月に一度帰ってくればいい方だった。

「手」
「手?」

 美桜の言葉に、敦斗は戸惑いながらもベッドに手を伸ばした。その手を美桜はそっと握りしめる。ぬくもりを感じることも、本当に手を繋ぐこともできない。それでも。

「そばに、いて……」
「大丈夫、そばにいるよ。俺にはそれしかできないから」
「あり、が……とう」

 美桜は力なく微笑むと目を閉じた。決して触れることはできないけれど、敦斗の手と重なった左手はなぜだかとてもあたたかかった。


 天気予報通り、翌日もそしてそのまた翌日も大雨だった。特に遠足当日は梅雨前線が発達したせいで、美桜たちの住む県ではこの時期には珍しく大雨・暴風警報が出た。遠足どころか学校自体が休校となったおかげで、美桜は安心して休むことができた。結局丸二日間寝込み、本調子になったときには日曜も終わろうとしていた。
 ずっとベッドにいたせいで身体中あちこちが痛い。

「大丈夫?」

 ベッドから出て伸びをしていると、敦斗が心配そうに尋ねた。

「うん、いっぱい寝たしスッキリした。明日からは学校も行けそうだよ」
「無理してない?」
「大丈夫だって。熱も引いたし、ね」

 わざとらしく胸を張る美桜に、敦斗は心配そうな表情を浮かべる。この人はこんなに心配性だったのか。そう思うと、美桜は敦斗のことを全然知らないことに気づく。小学校から一緒とはいえ接点もなく、中学の時のあの一件以来は顔を合わすことも避けてきた。知らなくて当然なのかも知れない。

『「敦斗のいいところ、死んじゃう前に知ってあげてほしかったな」』