海に行った日から、敦斗の表情はまた明るくなった。宙ぶらりんな状態で敦斗自身も苦しんでいる。一日でも早く未練を晴らして成仏させてあげたい、という思いと裏腹に、成仏してしまえば敦斗は美桜のそばからいなくなる。もうこうやって一緒に喋ることも顔を見合わせて笑うこともなくなるのだと思うと胸の奥が少しだけ痛んだ。もう少しだけ、こうやって話していられればいいのに――。
 そんな独りよがりな考えに嫌気が差す。寂しいってなんだ。悲しいってどういうつもりだ。
 美桜にできるのは敦斗の未練を晴らすこと。それだけだ。あのときの償いをするために、そのために敦斗の未練を晴らそうとしているはずなのに。どうしてこんなにも、胸が痛むのだろう。

「美桜?」
「え?」

 ボーッと考え込みながら歩いていた美桜に敦斗が声をかける。慌てて視線をそちらに向けると、心配そうな表情を浮かべ敦斗が美桜の顔を覗き込んでいた。

「お前、顔赤くないか?」
「そう、かな?」

 自分自身で額を触ってみてもよくわからない。そういえば朝から少し身体が熱いような気はしていた。けれどたいしたことはない。それよりも。

「大丈夫だよ。明後日は遠足だし、風邪なんて引いてる場合じゃないから」
「いや、だからって」
「遠足で、敦斗の未練、晴れるといいよね」
「美桜……」

 今は自分の中の余計な感情について考えるよりも、敦斗の未練を晴らすことだけを考えよう。ニッコリと笑って見せた美桜に、敦斗は眉をひそめたまま何も言わなかった。


 たいしたことない、と思ったのが間違いだったと気づいたのはその日の夜だった。布団に入ったものの寒気が止まらない。もしかしたら熱が出ているのかもしれない。
 美桜は隣の部屋にいる敦斗に気づかれないようにそっと自室を抜け出した。リビングの戸棚の中に、たしか解熱剤があったはずだ。それを飲んでおけば朝には下がるだろう。買い置きの粉薬を一袋取り出して口に入れ、水で流し込む。
 でも、これで下がらなかったら?
 明日熱がしていれば明後日の遠足に行けない可能性が出てくる。それは困るのだ。美桜はもう一袋取り出すと、口に入れようとした。

「美桜?」
「敦斗……」
「薬? って、お前」

 敦斗は机の上にあった薬の袋と美桜の手の中にある薬を見比べて、美桜を咎めた。

「何袋飲もうとしてるんだよ」