「えっと、その」

 何か、何か言わなければ。美桜は必死に考え、そして慌てて口を開いた。

「あの、その……明日! 明日なんだけど。明日、その……えっと、う、海! 海に行きませんか!」
「海?」

 美桜の言葉に、敦斗は一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。

「海って、なんで」
「え、なんでって言われると困るんだけど。えっと、行きたいなって思って。ダメ?」
「……ダメじゃないよ」

 敦斗は優しく微笑むと「楽しみにしてる」と優しく言った。


 翌日の放課後、普段の帰り道とは反対方向に美桜は向かう。美桜たちの住む街から海は電車で二駅ほどの場所にあった。電車の窓から見える景色が見慣れたものから次第に真っ青に変わっていく。
 思わず声を上げそうになり、慌てて押さえた。平日とは言え学生の帰宅時間であるこの時間帯の電車はそこそこ混み合っている。そんな美桜を敦斗はおかしそうに笑うと同じように窓の外に視線を向けた。

 ようやく電車が駅に到着し、美桜と敦斗はホームに下りる。こんな時間から、それも海開きもしていない六月上旬に海に行く人も少ないのだろう。電車から降りたのは美桜と敦斗の二人だけだった。

「私、海って久しぶりに来た」
「俺も」

 砂浜を二人並んで歩く。敦斗は何を考えているのだろう。そんなことを思っているとふいに敦斗が後ろを向いた。

「敦斗?」
「海ってさ残酷だよな」
「え?」
「後ろ見て」

 敦斗に促され振り返る。そこには美桜の足跡があった。それがいったいどうしたというのだろう。首をかしげる美桜に敦斗は苦しそうに言う。

「美桜の歩いてきたこの足跡が過去、今立っているところが現在。そしてまだ足跡のついていないところが未来、だっけ。昔何かで見たよ。でもさ、俺の足下には何もない。過去も未来もなくて、今ここにいるだけだ。俺には今しかない。その先なんて、存在しないんだ」
「敦斗……」
「やっぱり俺には何もないって、改めて思い知らされたよ」

 悲痛な表情を浮かべる敦斗は苦しそうに呟いた。違う。そんなことを思わせたかったわけじゃない。美桜は自分自身の足跡と、そして敦斗の後ろに広がる砂浜を見る。たしかに敦斗の足下には何もない。でも、それは未来がないわけじゃない。
 
「そんなことないよ」
「美桜?」