突然話しかけてきた美桜に、岡野は驚いた様子だった。無理もない。入学して二ヶ月以上が経つが、美桜が自分から岡野に声をかけたのは初めてだった。

「あの……えっと」
「どうした? 上羽たちが組んでくれたんだろう? よかったな」
「えっと、はい。で、でも私のことじゃなくて」

 言葉が上手くまとまらない。なんと言えばいいのだろう。

「あの……」

 ふと気づくと、隣に敦斗が立っていた。まるで俺がついていると言わんばかりに美桜の隣に立つ敦斗の存在に、勇気をもらった。
 美桜は手のひらをぎゅっと握りしめると、呼吸を整え岡野の目を真っ直ぐに見つめた。

「あの……! あつ……細村君が亡くなったので男子の人数が、その、六で割り切れない数になっちゃってて……えっと、上手く組めなくなってるみたいなんです」
「ん? ああ、そうか。――たしかに、そうみたいだな」

 教室の奥、一人立ち尽くしたままになっている橋本の方に視線を向けると岡野は一瞬目を細めた。そして頷くと声を張り上げた。

「まだ決まってないのか? さっさと決めて報告に来いよ。来たところからバスの席順決めるぞ」
「え、ちょ、待ってよ」
「待たないああ、そうだ。男子は一人足りないだろ。余ったところ先生が入るからな」
「はぁ!?」

 岡野の一言で男子達は慌てて橋本を確保に行った。さながら橋本の争奪戦に発展した教室を見ながら、教師というのは意外と生徒のことをちゃんと見ているのだと思い知らされる。どういえば生徒がどう動くかなんて岡野にはわかりきっていることなのかもしれない。

「まあ、これで大丈夫だろ」
「ありがとうございます」
「……外崎は大丈夫か?」
「え?」
「何かあればいつでも言えよ」

 それは班決めのことなのかもしれない。もしくはクラスで浮いていることなのかもしれない。どちらにしても岡野が美桜を心配してくれていることに他ならない。
「ありがとうございます」と礼を言い、美桜は自分の席へと戻る。一人席に着いた美桜の机に腰掛けるように浮かぶと、敦斗はニッと笑った。

「お前、やるじゃん」
「……別に」
「褒めてんのに、素直じゃないな」

 ふっと笑った敦斗の表情は優しくて、どこか遠くを見ているようだった。

「ねえ、敦斗」

 美桜は小声で尋ねる。

「今、何を考えてる?」

 美桜の問いかけに、敦斗は目を閉じた。