「そうかな?」

 自分の頬に触れると引っ張ったり押し込んだりと表情を変える。思わず笑いそうになってしまい、慌てて口元を手で押さえた。周りから見たら完全に不審者だ。
 敦斗はそんな美桜を「バーカ」と言って笑う。ムッとした美桜は何か言い返したいのだけれど、あまりにも堂々と喋るわけにはいかない。どうしたら、と考えた結果鞄からイヤホンを取り出した。

「美桜? 音楽でも聴くの?」

 不思議そうにする敦斗を放置してスマホほイヤホンジャックにそれを差し込むと、美桜は口を開いた。

「聞かないけど、こうしないと喋れないでしょ」

 突然話し始めた美桜に、前に並んでいた人が驚いたように振り返り、そしてイヤホンを見て納得したように前を向いた。

「へえ、いい考えじゃん」
「でしょ」

 イヤホンについたマイクで通話をする人をよく見るようになった。もちろん美桜は通話なんてしていないのだけれど、人というのは不思議なもので自分の目で見たものを自分の経験に勝手に当てはめることがある。今の美桜を見た人はイヤホンをつけて喋っているというだけで『スマホで通話をしているんだな』と勝手に思い込んでくれるのだ。
 これで敦斗と外で話をしていても不可解な視線を向けられることはなくなった。
 他愛のない会話を繰り広げるうちに気づけば美桜たちの順番がやってきた。二人で並んだといってももちろん敦斗は食べることができない。仕方なく美桜は限定クレープを一つ注文し、テラス席の椅子に座った。

「凄く美味しそう!」
「だろ? ほら、早く食べろよ」

 隣の席にまるで座っているように浮かぶ敦斗に促されるまま、美桜はクレープにかぶりついた。そういえば限定クレープとしか聞いてなかったのだけれどいったい何味なのだろうか。そんな美桜の疑問は口に入れた瞬間に吹き飛んだ。

「ティラミス……!」
「せーかい。美桜、好きだって言ってただろ?」
「覚えてたんだ……」

 いつだったかした他愛もない会話。それを敦斗が覚えていたなんて思わなかった。驚いて目を丸くする美桜に敦斗は気恥ずかしそうに頬を掻くと「早く残りも食べろよ」とせかしてくる。
 もう一口かぶりつけば、ティラミス特有のクリームチーズとコーヒーの香りが口いっぱいに広がる。甘酸っぱさとほろ苦さ、それから生クリームの甘さが混ざり合い、ただただ口の中が幸せだった。