たらればが次々と頭の中に浮かぶ。けれど過ぎてしまった時間はもう戻せない。結果として残ったのは、美桜のせいで敦斗がおばあさんの死に目に会えなかったという事実だけなのだ。
 美桜は立ち上がると病室から離れた。このままここにはいられない。敦斗にも敦斗の母親にも合わせる顔がない。美桜の姿を見れば、きっと嫌な思いをさせるから。

「ごめんな、さい」

 呟いた美桜の声は、人気(ひとけ)のない廊下に吸い込まれるようにして消えた。


 翌日、美桜は保健室ではなく教室に向かった。針のむしろのような空気だけどそれでよかった。
 保健室に行けば敦斗が会いに来るかも知れない。でも美桜には敦斗に会うわけにはいかない。それに敦斗だって、美桜を見ればおばあさんの死に目に会えなかったことを思い出して苦しまないわけがない。
 かといって、再び学校を休んだら心配した敦斗は理由を聞くだろう。そして「美桜は悪くないよ」と言うに決まっている。そういう優しい人なのだ。それなら、美桜は自分から居心地の悪い場所を選ぶことにした。居場所なんてないけれど、それでも美桜に許された場所はここしかなかった。
 どんなに居心地が悪くても、これは自分への罰だとそう思った。そう思うことで少しだけ気持ちが楽になった。
 その日から敦斗とは話をしていない。できる限り敦斗の視界から消えよう。それが美桜にできる唯一の贖罪だと思っていたから。

「ごめ……な、さい」
「美桜」
「ごめ……ん、ね」
「美桜!」
「え?」

 目を開けると、すぐそばに敦斗の姿があった。無意識のうちに手を伸ばすと、半透明の敦斗の身体をすり抜けていく。ようやく美桜は自分が夢を見ていたのだとわかった。

「なんで泣いてたの」
「昔の、夢を見てた」
「昔の?」
「そう。……私、細村に謝らなきゃ……って」
「俺に?」

 美桜は頷くことしかできない。罪悪感に駆られて逃げ出して謝ることもしなかった。あのときのことを思い出すのが嫌で、自分の顔なんて見たくないだろうと敦斗のせいにして逃げてきた。でも、敦斗は優しく微笑むと、美桜の頭を撫でるようにそっと掌をかざした。

「謝ることなんて何もないよ。大丈夫、だから今はもう少し眠って」