敦斗は間に合っただろうか。そんなことを考えていると、美桜の前に影が落ちた。

「え?」

 顔を上げるとそこには汗だくの敦斗の姿があった。

「な、んで」
「やっぱり怪我してんじゃないか。背負ってやるから一緒に病院行くぞ」
「ダメだよ、そんなことしたら間に合わなくなる」
「んなこといったって、この状態の美桜を一人にしておけないだろ」

 手を伸ばす敦斗を、美桜は振り払った。敦斗は払われた手を呆然とした表情で見ていた。

「な、にするんだよ! 俺は、美桜のことを想って!」
「そんなの求めてない! 私は戻ってきてほしくなんてなかった!」
「なんで……」
「そういうお節介なところホントやだ! 私のことなんてどうでもいいからさっさと行ってよ!」

 叫ぶ美桜を驚いたような表情で見つめたあと、敦斗は今まで見たことのないような冷たい視線を美桜に向けた。

「……そうかよ。戻ってくるんじゃなかったわ」

 吐き捨てると、敦斗は美桜に背を向けて走り出した。今度こそ、敦斗が戻ってくることはなかった。
 しばらくして、ようやく動かせるようになった身体を引きずって美桜は病院へと向かった。敦斗は、間に合ったのだろうか。
 静かな病院の廊下を歩くと、どこからかすすり泣く声が聞こえた。それが敦斗のおばあさんの病室だと気づくまでそう時間はかからなかった。半開きになったドアの向こうから泣き声が聞こえ、バタバタと看護師や医師が病室を出たり入ったりしていた。
 その場に座り込んでしまった美桜に誰かの話し声が聞こえる。
 それは詰め所から聞こえるもののようで、どうやら看護師が話をしているようだった。

「あの子、結局間に合わなかったんだって?」
「細村さん? そうみたいよ……。可哀想にね。あんなによく、病院に来てたのに……」

 嘘だ。そんなの嘘だ。
 敦斗が、間に合わなかっただなんて。

「私の、せいだ」

 あのとき、転んでしまったから。そんな美桜を心配して優しい敦斗は心配して戻ってきてしまった。あのとき美桜が転ばなければ。ううん、もしも転んだとしてももっと敦斗が安心するぐらいに大丈夫だと伝えていれば。それともあのとき無理をしてでも一緒に行っていれば。