ふっと笑ってしまいそうになり、敦斗は「なんだよ」と口を尖らせていた。
素直なのか素直じゃないのかわからない。けれど敦斗が行けばおばあさんも喜ぶだろうし、美桜も勉強を教えてもらえるのは有り難い。断る理由もなく、美桜は「わかった」と頷いた
その日も、翌日も、そのまた翌日も敦斗と美桜は一緒に病院に行った。約束通り、敦斗は昼休みになると美桜に勉強を教えてくれる。それどころか病室でもおばあさんの隣で理科や英語など教科書を読むだけでは理解しにくい教科を教えてくれた。看護師さんに怒られないかと思っていたけれど、病室が明るいとおばあさんも楽しそうだと咎められることはなかった。
「ありがとね」
「何が」
病院からの帰り道、美桜の言葉に敦斗は首をかしげた。秋も終わりが近づき、日が暮れるのが早くなる。すでに空には月がいて、帰り道を照らしていた。隣を歩く敦斗は学生服のポケットに手を突っ込んだまま、足下の石を軽く蹴った。
「勉強とか、色々」
「別に。それなら俺こそこうやって付き合ってもらってるし。一人じゃ、行けなかったと思うから」
「そっか」
相槌を打つ美桜に、敦斗は「あのさ」と顔を向けた。
「俺に『今行かなきゃ後悔する』って言っただろ。あれがさずっと引っかかってて。いや、その通りなんだけどなんかこう、それだけじゃない気がして」
敦斗の言葉に、美桜は苦笑いを浮かべた。そんなこと言われるとは思わなかった。気づかれるつもりはなかった。ふう。と息を吐き出すと美桜は口を開いた。
「うちね、お父さんいないんだ」
「え?」
「小さい頃に病気で死んじゃってさ。弱っていくお父さんが怖くて私病院に行きたくないって泣いちゃってたの」
あれは美桜がまだ四歳の頃。この間まで元気だったはずの大好きな父親が、急に痩せ細りまるで骸骨のようになっていくのが怖くて仕方がなかった。お見舞いに行こうという母親の言葉に首を振り、祖父母の家で留守番をしていた。母親は何か言いたそうだったけれど、変わっていく父親があまりにも怖くて美桜は逃げた。
今思うと、病室に子どもが入れるということはきっともう父親の余命が長くないとわかってのことだったのだろうと想像がつく。けれどあの頃の美桜にそんなことがわかるはずもなく、とにかくあんな状態の父親には会いたくなかった。
素直なのか素直じゃないのかわからない。けれど敦斗が行けばおばあさんも喜ぶだろうし、美桜も勉強を教えてもらえるのは有り難い。断る理由もなく、美桜は「わかった」と頷いた
その日も、翌日も、そのまた翌日も敦斗と美桜は一緒に病院に行った。約束通り、敦斗は昼休みになると美桜に勉強を教えてくれる。それどころか病室でもおばあさんの隣で理科や英語など教科書を読むだけでは理解しにくい教科を教えてくれた。看護師さんに怒られないかと思っていたけれど、病室が明るいとおばあさんも楽しそうだと咎められることはなかった。
「ありがとね」
「何が」
病院からの帰り道、美桜の言葉に敦斗は首をかしげた。秋も終わりが近づき、日が暮れるのが早くなる。すでに空には月がいて、帰り道を照らしていた。隣を歩く敦斗は学生服のポケットに手を突っ込んだまま、足下の石を軽く蹴った。
「勉強とか、色々」
「別に。それなら俺こそこうやって付き合ってもらってるし。一人じゃ、行けなかったと思うから」
「そっか」
相槌を打つ美桜に、敦斗は「あのさ」と顔を向けた。
「俺に『今行かなきゃ後悔する』って言っただろ。あれがさずっと引っかかってて。いや、その通りなんだけどなんかこう、それだけじゃない気がして」
敦斗の言葉に、美桜は苦笑いを浮かべた。そんなこと言われるとは思わなかった。気づかれるつもりはなかった。ふう。と息を吐き出すと美桜は口を開いた。
「うちね、お父さんいないんだ」
「え?」
「小さい頃に病気で死んじゃってさ。弱っていくお父さんが怖くて私病院に行きたくないって泣いちゃってたの」
あれは美桜がまだ四歳の頃。この間まで元気だったはずの大好きな父親が、急に痩せ細りまるで骸骨のようになっていくのが怖くて仕方がなかった。お見舞いに行こうという母親の言葉に首を振り、祖父母の家で留守番をしていた。母親は何か言いたそうだったけれど、変わっていく父親があまりにも怖くて美桜は逃げた。
今思うと、病室に子どもが入れるということはきっともう父親の余命が長くないとわかってのことだったのだろうと想像がつく。けれどあの頃の美桜にそんなことがわかるはずもなく、とにかくあんな状態の父親には会いたくなかった。