そう言うと敦斗は歩き出した。美桜は慌てて敦斗の隣に並んだ。不思議そうに見る美桜に対して敦斗は顔を背けた。

「一緒に行って、くれるんだろ?」
「……うん!」

 二人が病院にたどり着いたのは夕方の五時前だった。病室が近づくにつれ敦斗の足取りが重くなるのがわかった。そのたびに美桜は敦斗の手を握りしめる。大丈夫、一人じゃないよと伝えるように。

「ついたよ」
「……やっぱり、俺、明日に」
「ダメ。ここまで来たんだし、ね?」
「うん……」

 ノックをして美桜と敦斗は病室に入った。そこには眠るおばあさんの姿があった。敦斗の手は小さく震えていた。

「ばあ、ちゃん……」
 ベッドのすぐそばに敦斗は膝を立ててしゃがんだ。おばあさんの手をそっと握りしめると、薄らとおばあさんが目を開けた。

「あっ……ちゃん」
「ばあちゃん!」

 けれどそれ以上何も言うことなく、再び眠りについてしまう。そのあと病室を訪れた看護師さんが傾眠、というのだと教えてくれた。痛みを抑えるために強い薬を入れたせいで、眠っている時間が長いのだそうだ。けれど声が聞こえていないわけではないから、呼びかけてあげてねと言う看護師さんに、敦斗は頷いていた。


 翌日、美桜は今日も保健室にいた。昨日と同じように十時頃に行って一人でプリントを解く。ただ一つ違ったことは昼休みになると敦斗が保健室を訪れたことだった。

「なんで?」
「どうせ今日もプリントの内容わかってないんだろ。教えてやるよ」
「だからなんで……」

 理由を言うことなく、敦斗は美桜がわからない箇所を説明していく。おかげで数学はなんとかなりそうだけれど、やはり理由がわからない。

「ねえ、なんでこんなことしてくれるの?」

 プリントが終わり教室に戻ろうとした敦斗の背中に問いかけた。すると、敦斗は振り向くことなく言った。

「今日も、さ。行くのか? 病院」
「そのつもりだけど」

 こちらの問いには答えず、逆に問いかけ返してくる敦斗に美桜は怪訝そうな声を出す。敦斗は頭を掻くと小さな声で言った。

「俺も行く」
「え、あ、うん」
「ここまで迎えに来るから待ってろよ」

 一人でも行ける、と口をついて出そうになって慌てて堪えた。一人で行きたくないのは美桜ではなくて敦斗だ。勉強を教えてくれるというのは口実であり敦斗なりのお礼なのかもしれない、と美桜は思う。