敦斗はにへらと笑う。ちっとも楽しそうじゃない顔で。ありがとうなんて思ってなさそうな顔で。その表情はなぜか美桜を苛立たせる。

「よくないよ! おばあさん、細村のこと待ってるよ!」
「…………」

 俯く敦斗の表情は美桜からは上手く見えない。それでもその肩が、手が震えているのはわかった。怖い気持ちはわかる。病院に行けばおばあさんに死が迫っていることから目を背けられない。でも、それでも。

「今行かないと、絶対に後悔するよ」
「…………」
「わかってるんでしょ」

 わかってないわけがない。でも、それでも怖いんだ。おばあさんに向き合うのが、死に向き合うのが怖くて逃げ出したいんだ。そんな敦斗の気持ちを包み込むように美桜は敦斗の手をそっと握りしめた。

「なっ」
「一緒に、行こう?」

 男子の手に触れたのなんて、小学校のフォークダンス以来かもしれない。敦斗は美桜が手を繋いだことに驚いているようだった。手を引き抜こうとして、でもしっかりと握りしめられた手に諦めたように力を緩めた。

「なんなんだよ、お前」
「……おばあさんがね、逃げてもいいんだよって言ってた。でも、今は逃げちゃいけないときだと思う。今逃げたらきっともう前を向けない気がするから」
「お節介」
「そうかも」

 敦斗の真似をしてにへらと笑う。けれど敦斗は笑うことなく言う。

「昔からそうだよな。頼まれたら断れない性格っていうの? そんなんだからクラスの男子と噂なんて立てられるんだよ」
「知ってたんだ」
「そりゃ知ってるでしょ。噂なんて嫌でも聞こえてくるんだし」
「でも落とし物して困ってたら一緒に探すでしょ? それがいつの間にか私が落とし物をして向こうが探してくれたってことに話が変わっちゃったんだもん。否定しても信じてもらえないし、向こうが否定したら私を庇ってるって余計に燃え上がっちゃうし」

 美桜はため息を吐く。こんなことなら一緒に探さなければよかった、とまでは思わないけれど人と関わり合うことはなんて面倒くさいんだろうとは思ってしまう。

「まあ放っておくしかないよな」
「他人事だと思って」
「他人事だからな。誰もがお前みたいに人に対して一生懸命じゃないんだよ」
「それは……」
「でもそれがお前のいいところだと思うけどな」
「え?」