「おばあさん、どうしたの?」

 ベッドに眠るおばあさんの顔に自分の顔を近づける。すると微かに声が聞こえた。

「あっ……ちゃ……ん」
「あっちゃん?」

 誰のことだろう、と考えるまでもなかった。あっちゃん。その呼び名に美桜は心当たりがあった。それはあのとき、敦斗の母親が呼んでいた名前だった。
 おばあさんは敦斗に会いたいんだ。自分の命がもう消えてしまうかも知れないことがわかってて、それで敦斗に会いたいんだ。

「……わかった。私、絶対に連れてくるから」

 だから、それまで生きてて――。
 美桜は病室を飛び出すと敦斗の家に向かった。途中、看護師さんに「病院内は走らないで!」と怒られてしまったけれど、それどころじゃなかった。
 病院から敦斗の家までは十分もかからない。今までこんなに真剣に走ったことがあっただろうかと思うぐらい一生懸命に走った。おかげで敦斗の家に着いたときには息が上がり、上手く呼吸ができなかった。それでもチャイムを鳴らし、その場に座り込んだ。

「はい?」

 インターフォン越しに敦斗の声が聞こえる。

「あ……の……はぁ……はぁ……わ……た」
「は? いたずら?」
「ちが……。わ、たし……外崎……」
「外崎?」

 ようやく聞き取れたのか、それでもまだ訝しげな声を出しつつもバタバタと廊下を走るような音が聞こえた。
 玄関のドアが開いた音が聞こえ、何とかそちらに顔を向ける。座り込んだままの美桜に敦斗は驚いた様子だった。

「お、おい。どうした?」
「だ、いじょう……ぶ。はし、りすぎちゃって」
「何やってんだよ、ちょっと待ってろ」

 敦斗は家の中に入るとすぐに戻ってきた。その手にはコップがあった。どうやら飲み物を入れてきてくれたらしく、美桜はそれを受け取ると一気に飲み干した。渇いた喉にお茶が美味しい。

「ありがとう」
「どういたしまして。それで? なんの用? お茶もらうためにチャイム鳴らしたわけじゃないんだろ?」
「……今日、病院に行って来たよ」
「そう」

 敦斗は興味がないふうを装って短く返事をする。でも、その手が小さく震えているのも声が裏返ったのにも美桜は気づいてしまった。

「病院、行こうよ」
「……お前が行ったんだからいいよ。代わりに行ってくれてありがとな」