「わかってくれてよかったよ」
「あの、ね。でもえっと、本当に保健室でもいい?」
「いいよ。それからしんどくなったら無理しなくても帰ってきてもいい。無理はするな。きっとおばあさんもお前が無理をしてしんどい思いをしてまで自分のところに来ることを望んでいないと思うから」

 それは美桜もそう思う。だから素直に頷くことにした。
 大丈夫、行こうと思えばいつでも行ける。それが明日になっただけだ。走自分を奮い立たせる。
 けれど、翌日美桜は自宅を一歩も出ることはできなかった。翌日も、そのまた翌日も。
 そうこうしている間にもおばあさんの容態は悪くなっているかもしれないのに。悔しい。自分が情けない。
 誰もいない家で、一人膝を抱えて座っていた。今なら敬一は家にいない。こっそりと抜け出しておばあさんのところに行ってもバレないかもしれない。そんな思いが過る。けれどそれをおばあさんは喜ぶのだろうか。何かあったときに、周りの大人がどう思うのだろうか。

「……っ」

 こんな自分は嫌いだ。逃げて逃げて逃げ続けている自分は、嫌いだ。
 美桜は立ち上がると、部屋を出た。重い足を無理矢理引きずって階段を下りる。玄関のドアはこんなに重かっただろうか。太陽はこんなにも眩しかっただろうか。風はこんなにもキツかっただろうか。
 自宅に戻る理由が次々と思い浮かんでくるけれど、美桜はそれを振り払うと学校を目指した。教室に入れなくてもいいと敬一は言っていた。保健室に行ければ、それでいい。

「っ……くっ……あ……」

 それでも、校門をくぐると心臓の音がうるさすぎて周りの音なんて聞こえないぐらいだ。どこかのクラスが体育をしていたようで、昇降口に向かって歩く美桜を見つけて指さしているのが見える。それでも美桜は自分の視界に入る全てに気づかないふりをして、ただ保健室だけを目指した。

「し、つれい……しま、す」
「はーい。……あら?」

 保健室の先生――相生はドアを開けた美桜を見て少し驚いた表情を浮かべていた。けれど、そんなこと気にする余裕は美桜にはなく、後ろ手でドアを閉めると、その場に座り込んだ。
 息が苦しい。心臓がうるさい。それでも、ここまでなんとか来られた。

「あなた、外崎さんよね? 1年B組の」
「そう、です」
「先生ね、あなたが来てくれるのずっと待ってたの」