「おばあちゃん、だけど」

 必死にそれだけ絞り出すと、幾分敬一の表情が柔らかくなった気がした。この兄は一体何を心配していたのか。考えるだけで頭が痛くなる。

「そ、それで。その人の具合はどうなんだ?」
「……長くないって」
「そうか」

 敬一は眉間に皺を寄せた。今ならいけるかもしれない。美桜は敬一に縋り付いた。

「あのね、家族の人がお見舞いに来てもいいって言ってくれたの。だから私、おばあちゃんが亡くなるまでちょっとの間でも会いに行きたいの! ダメかな?」
「……ダメだ」
「そんなっ」
「って、言ってもお前行くだろ?」
「うん、行く」

 美桜の返事に敬一はため息を吐いた。

「行ってもいいから、せめて学校には行け。教室に行きたくない理由があるなら保健室でもいい。きちんと学校に行ってからその人の病院に行け」
「でも!」
「俺はしんどいときは逃げてもいいと思ってる。でもな、自分がやりたいことを主張するならやらなきゃならないこともきちんとしろ。例えばお前が学校をサボって病院に行って歩道でもされてみろ。うちの親から見たらそのおばあさんのせいでってなるんだぞ」
「それ、は」

 違う、と言いたかった。自分の意思で学校に行かなくなり、あのおばあさんと出逢って美桜の心は確かに救われた。けれどそれは美桜の視点で見たことだ。他の人から見たらどうだ。不登校になった子どもを拐かしたと見られないだろうか。
 敬一はそういうことを言っているのだと思う。美桜がきちんとしないせいで美桜の大切な人が悪者にされてしまうのだと。
 学校に行っておばあさんに会いに行くか、それとも学校に行くこともおばあさんのところに行くこともしないか。

「……わかった」
「美桜?」
「私、学校に行く」

 美桜の言葉に、敬一はホッとしたような、でも何か言いたそうな複雑な表情を浮かべていた。

「本当にわかったのか?」
「……うん。私のせいでおばあさんが悪く思われるのは、嫌だから。どこにも居場所がなかった私に居場所をくれたのは、紛れもなくおばあさんだから」
「……そっか」

 敬一は美桜の頭を撫でた。たった三つしか変わらないはずなのに、妙に子ども扱いをしてくる敬一のことが美桜は嫌いだった。でも、こうやって話をすると自分がどれだけ子どもだったのか思い知る。自分のことしか考えられずにいた、視野の狭い子どもだったか。