あのとき、病院から逃げていると言っていたのは、こういうことだったのか。美桜は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。どうしてあのとき、逃げてもいいなんて言ってしまったんだろう。ちゃんと病院に行くように言っていたら、おばあさんは今頃……。

「ごめ……な……い」
「え?」
「わた……し……おばあ、さんが病院から逃げてるって聞いてたのに……」

 美桜の言葉に、敦斗の母親は優しく微笑むとその頭をそっと撫でた。その手はどこかおばあさんのものに似ていた。泣きたくなるぐらい優しくてあたたかい掌。
 俯いたまま美桜の頬を涙が伝う。ぽたりぽたりと落ちた涙が廊下に小さな水たまりを作っていく。

「おばあちゃんがね、小さなお友達ができたって言ってたの。あなたのことだったのね」
「とも、だち?」
「ええ。日を改めてにはなっちゃうんだけどお見舞いに来てあげてくれないかな。あと何回、会えるかもわからないと思うから」

 敦斗の母親の言葉に、美桜は涙を拭いて頷いた。
 明日、改めて会いに行こう。明後日も、しあさっても。そう決めて美桜は自宅に帰った。けれど自宅に戻った美桜が玄関のドアを開けると、敬一が怒ったように待ち構えていた。その表情に、美桜は嫌な予感しかしなかった。きっと、バレたんだ。学校に行っていないことが。
 そしてその予想は当たっていたようで、敬一は口を開くなり美桜に言った。

「今日は学校に行かず何してたんだ」

 やはりバレていた。それなら嘘をついても取り繕っても無駄だ。美桜は正直に、今日のことを話した。
 
「……知ってる人が、病院に運ばれて」
「は?」
「救急車を呼んで病院まで付き添ってた」
「誰だよ、知ってる人って」

 敦斗の祖母だと言えば安心するだろうか。けれど美桜がおばあさんと会っていたのは敦斗の祖母だから、ではない。
 
「ずっと私のことを心配して支えてくれてた人なの」
「……男か?」

 けれど美桜の言葉に敬一が返してきたのは、美桜にとって思いも寄らない一言だった。
 敬一の問いかけの意味がわからずにぽかんと口を開けたまま美桜は呆けてしまう。え、今、男って言った? どういう意味? そんな問いが頭の中をぐるぐると回る。けれど美桜が黙っていればいるほど敬一の眉間の皺が深くなっていく。変な誤解をされるのも困るので、美桜はおずおずと口を開いた。