「学校に行きなさいって言わないんですか」

 美桜の問いかけにおばあさんは首をかしげる。

「どうしてそんなこと言わなくちゃいけないの?」
「どうしてって……子どもは学校に行くのが、当然だから」
「でもその学校に行きたくないからここにいるのでしょう? いいのよ、行きたくなければ無理しなくても」

 そんなこと言われると思ってもみなかった。学校にまともに通えない自分は社会に対する不適合者でダメな存在だと思っていた。どうしてみんなが行っているのに学校にぐらい行けないのだろう。普通にしていることを普通にできないのはなぜなんだろう。当たり前に友達を作り、当たり前に学校生活を送る。みんながしている簡単なことができないのはどうしてだろう。
 ずっとそうやって自分を責め続けていた。けれどそのおばあさんはそんな美桜を否定せず、受け入れてくれた。

「何か理由があるんだとしても何も理由がないんだとしても、行きたくないんだったら行かなくていいのよ。心が拒絶してるのに無理に行けば心が壊れちゃうわ」
「心が、壊れる?」
「そう。しんどいときに無理をすると身体を壊すでしょう? それと同じで心も無理すると壊れちゃうの。身体よりも治すのは大変なの。だから自分で自分の心を守ってあげて。あなたの心を守れるのはあなただけなんだから」

 おばあさんの言葉に、美桜は気持ちが軽くなるのを感じた。ずっと自分を責め続けていた。でも逃げていいんだ。それが自分の心を守るということなんだと、そう思えたらずっとのしかかっていた『学校に行かなきゃ』という重りが少しだけ軽くなったような気がした。

「なんてね。私も今、逃げてるの」
「え?」

 おばあさんは茶目っ気たっぷりに笑う。

「逃げてても仕方ないってわかってるんだけど、それでも自分の中で覚悟が決まるまではどうしても動けなくてね」
「大人でもそういうことがあるの?」
「あるわよー。子どもの時よりもたくさんあるかもしれないわ。みんな一緒よ」

 おばあさんの言葉が美桜にはよくわからない。周りの大人はいつだって働いていて頑張っていて逃げているようには見えない。けれど首をかしげる美桜に「そのうちわかるわ」とおばあさんは微笑んだ。
 猫の頭を撫でるおばあさんに美桜は尋ねた。

「おばあさんは何から逃げてるの?」
「……病気かな」
「病気? おばあさん、病気なの?」