敦斗は美桜の本棚に手を伸ばし、そして取ろうとした本をすり抜けてしまう。自分の掌をジッと見つめたあと、敦斗はにへらと笑った。
「そりゃそうか」
その表情に見覚えがあった。敦斗が辛いときにそれを隠すためにする表情。中学一年の時に、嫌というほど見たそれは美桜の心を苦しくさせる。だから嫌だったのだ。敦斗と一緒にいるとあの頃のことを嫌でも思い出してしまう。
「美桜?」
「……なんでもない。とりあえず未練を言ってみて。それで一つ一つ解消していこうよ」
「お、やる気じゃん」
「別に」
こんな生活を続けたくないだけだ。敦斗のためじゃない。何度目かの言い訳をすると、美桜は敦斗の方を向き直る。
「心当たりがあるって言ってたでしょ。一つ一つ言ってってよ」
「えーっと、まずは宇宙王の最終回が見たい、だろー」
「数年は最終回にならないって言ってたから却下」
「却下って何!?」
「いや、現実的に考えて無理でしょ」
呆れる美桜に「それもそうか」と敦斗は笑った。
「んじゃ、とりあえず学食かな」
「……わかった」
とにかく今は本人が言うことを一つ一つやっていくしかない。
「それじゃあ月曜日に行ってみるってことで」
「さんきゅ」
「……で?」
「え?」
「このあとどうするの?」
素朴な疑問だった。家にはいたくないと言っていたけれど、このあとどこに行くのだろう。いや、別にそこまで美桜が気にする必要はない。ないのだけれど。
「どうしようかな。行くとこないし。公園にでもいようかな」
「猫に威嚇されない?」
「威嚇仕返すわ」
「ふふっ。何それ」
猫に威嚇され、威嚇仕返す敦斗を想像して不覚にも笑ってしまう。そんな美桜を敦斗はジッと見つめ、それから表情を緩めた。
「やっと笑った」
「笑ってない」
「笑ってたじゃん。俺が猫に威嚇されるところ想像してさ」
「ふはっ。や、やめて」
威嚇する猫のポーズをする敦斗にせっかく収まっていた笑いが再びこみ上げてくる。ようやく落ち着いたころ、敦斗は椅子からふっと浮き上がった。
「まあってことでなんとかなるから気にすんなよ。月曜になったらまた来るわ」
「あ……」
背を向けた敦斗をこのまま行かせちゃいけないような気がした。
「待って」
「え?」