伊藤先生からの説教は一時間にも及んだ。なぜあんなことをしたのか。悪いことをした自覚はあるのか、後で全員に謝りなさい云々。まるで小学生に諭すかのように俺の目を捉えて離さなかった。俺のやったことが小学生レベルだったのは間違いないが。
その後反省文を書かされて、俺の裁きは終わった。意外と長かったが、ダメージはほとんどない。

「お疲れ」

職員室を出ると、呆れた顔で立っていたのは山下だった。

「お前は捕まらなくて良かったな」

「まあね。俺と宮沢が並んでると、疑われるのは大体宮沢だけだろ」

「そうかもな」

山下は俺が巻き込んだだけなので、彼が怒られないことに特に不満があるわけではなかった。多分俺はこれからもこいつとつるんでちょっと悪いことをするだろう。でも、誰かに怪我をさせるようなことはしない。俺はそういうところは線引きしているのだ。
だから今回だって、先生に叱られるくらいの傷で終わると思っていた。
いや、終わるはずだったんだ。

「そういえばさっきさ、お前を探してるやつがいたぜ」

不意に山下がにやりと笑って俺に告げた。

「俺を探してる? 誰だよ」

「誰とは言わねーが、女子。たぶんまだ教室に残ってる」

「は、なんだそれ」

いやに曖昧な言い方をする奴だ。俺のことを教室で待つような女子なんて、一人も思い浮かばない。あ、でももしかしたら。ランキングのことで物言いたげだった女子たちが揃って俺を責めるつもりなのかもしれない。
2年4組の教室の扉を開ける瞬間、一呼吸して腕に力を入れた。次の瞬間、クラス中の女子たちが俺のことを睨みつけていた——なんてことはなく、教室にいたのはただ一人、窓際の一番後ろの席に座る少女だけだった。
サッと、少しずつ開けられた窓から生暖かい風が吹いた。カーテンがふわりと広がり、彼女の顔を半分隠す。

「何か、俺に用だって?」

俺は教室に残っていたその人物が、本当に自分を待っているのか疑問に思いながら尋ねた。

「あ、うん。突然ごめんなさい」

彼女——岡田京子は風で乱れた前髪を整えて、俺の方を見た。
その目が。
驚くほど、美しい。気を抜くとその目に射竦められて身体が動かなくなりそうだ。
思わず息を呑んだ。
なんだこいつ。こんなに綺麗な目をしていたんだっけ。

「いや、別にいいんだけど。……で、なんの用?」

「……さっきのランキング」

ああ、やっぱり。そりゃそうだ。このタイミングで俺に話があるとすれば、ランキング以外になにもない。まして、今までろくに話したこともないような子だ。というか、今日が初めてなんじゃないか。

「その件に関しては謝るよ。すみませんでした」

俺は素直に頭を下げた。今更シラを切ったところであまり意味がないことくらいは分かっていた。
しかし、俺の言葉を訊いた岡田京子は首を傾げてこちらを見ていた。なんだ、他になにか言いたいことでもあるのか?

「いや、そうじゃなくて。板倉って、最低だよね」

「え?」

いま、なんて。
何か、とんでもない言葉を訊いてしまったような気がして、俺は一瞬彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。ともすれば自分の聞き間違いではないかとも思い、もう一度耳を澄ませる。窓の外から、蝉の泣き声が聞こえてきた。これまでだって鳴いていたはずなのに、普段はどうしてか聞こえない声。
それがいま、人とあまり話すことのない少女の声を掴もうと必死になっている自分の前では大きく響いた。

「あんなふうに、自分のしたことを棚に上げてあなたを責めるなんて、卑怯だって思わない?」

「それは、まあ」

彼女は一体、何が言いたいのだろう。
確かに今朝、板倉が俺の幕引きを邪魔してきた。彼さえいなければ、あそこまで派手に自分がしでかしたことを追及されることもなかっただろう。
けれど、彼女が板倉に怒る理由は何だ。
可愛い女子ランキング最下位だった彼女が、俺ではなく板倉を軽蔑する理由は。

「お前、もしかして板倉のこと——」

核心に触れるつもりはなかった。けれど、いまこの場で咄嗟に口をついて出た言葉が、彼女の胸を突き刺したのは間違いない。その証拠に、彼女は大きな瞳をうるませて膝の上で両手をぎゅっと握りしめていた。
たったそれだけのことを言うために俺を呼び出したのかとも思ったが、彼女の気持ちが分からないこともなくて、それ以上何も聞くことができなかった。
ただその日から、俺の中で岡田京子という女の子の存在が大きくなったことは間違いない。