6限が終わると、板倉から「これ」と女子の名簿を渡された。見ると、安藤和咲への票がまた一つ増えている。反射的に、板倉の顔を睨んだ。彼は気まずそうにさっと目を逸らす。
まあいい。
板倉など、特にライバルでもなんでもない。普通に勝負していれば自分の勝ちは保証されている。
俺はそっと、矢部浩人の方を見た。彼は近くの席の女子たちと爽やかな笑顔で談笑していた。
「なあ、本当にやるのか?」
翌朝、午前7時半。
まだ誰も登校してきていない教室で、俺は山下と一緒に眠い目を擦りながら件の「名簿」を見つめていた。
「ああ、もちろん」
「まじかよ。どうなっても知らねーぞ」
「お前だって、ちょっとは興味あるんだろう。だからのってくれたんじゃないか」
「それは、そうだけど……」
こういう時の山下は、どことなく挙動不審で弱気だ。普段なら、俺がやると言ったことに対して全力で応えてくれるのだが。
俺たちが今日、早朝に学校に来たのには理由がある。
「お前はいてくれるだけでいいからさ」
ここまで言ったところで、彼はようやく観念したのか、何か言いたげだった口を噤んでしまった。
俺は一人、教室の後ろの黒板の前でチョークを握る。
自分たちが今ここにいる理由。
それは、俺の手の中にあった。
“2年4組 可愛い女子ランキング”。
そう。昨日までで集めた男子たちの票を集計して、ランキングにしたのだ。
本当は自分たちでこっそり楽しむために始めたことだ。でも、誰かが誰かに投票するところを見て、案外みんな本気で票を入れていることを知って。
少し、いたずらしたくなったのだ。
右手に力を込め、女子の名前を順番に書いていく。
1位 池田ななみ
隣にいる山下が、息を呑む。
2位 藤堂亜希
彼女たちに票を入れたクラスメイトの顔。鼻の下が伸びただらしない顔。
3位 安藤和咲
あいつ。あいつの、矢部浩人の多分好きな人。そして、板倉奏太。彼も彼女のことが好きなんだと思う。
俺が、奪いたいと思っている女。
4組の女子は、残らず全員名前を書き連ねた。上位の人たちだけでなく、全員。本当は、三人くらい名前を書けば満足だった。でも、チョークを握っているうちに身体が熱を帯び、理性で押さえつけることができなくなった。
このまま、続けたい。
誰かが傷つくかもしれない。
見たい。
その人の顔を。
傷ついた人間の、歪んだ顔を。
19位 岡田京子。
最後の一人の名前を書き終わる。
最下位は予想通り。投票を始める前から大方予想がついていた。クラスで浮いている少女。きっとクールな彼女はこんなことを気にしない。だから、書くことにためらわなかった。
「……よし」
「まじで、やったな」
「お前の手は煩わせなかっただろ」
「まあ、そうだけど……」
山下の口調は、普段より歯切れが悪い。
気づいていないだろうが、たとえ手を汚していなくたって、彼が共犯者であることには変わりない。つくづく、自分が最低な人間だと思う。でも、あと一時間もしないうちに皆が登校してくる瞬間が待ち遠しい。その時俺は、クラスの“マスター”になるのだ。
もう、徹底的に心が歪んでいることは自分からしても明らかだった。
まあいい。
板倉など、特にライバルでもなんでもない。普通に勝負していれば自分の勝ちは保証されている。
俺はそっと、矢部浩人の方を見た。彼は近くの席の女子たちと爽やかな笑顔で談笑していた。
「なあ、本当にやるのか?」
翌朝、午前7時半。
まだ誰も登校してきていない教室で、俺は山下と一緒に眠い目を擦りながら件の「名簿」を見つめていた。
「ああ、もちろん」
「まじかよ。どうなっても知らねーぞ」
「お前だって、ちょっとは興味あるんだろう。だからのってくれたんじゃないか」
「それは、そうだけど……」
こういう時の山下は、どことなく挙動不審で弱気だ。普段なら、俺がやると言ったことに対して全力で応えてくれるのだが。
俺たちが今日、早朝に学校に来たのには理由がある。
「お前はいてくれるだけでいいからさ」
ここまで言ったところで、彼はようやく観念したのか、何か言いたげだった口を噤んでしまった。
俺は一人、教室の後ろの黒板の前でチョークを握る。
自分たちが今ここにいる理由。
それは、俺の手の中にあった。
“2年4組 可愛い女子ランキング”。
そう。昨日までで集めた男子たちの票を集計して、ランキングにしたのだ。
本当は自分たちでこっそり楽しむために始めたことだ。でも、誰かが誰かに投票するところを見て、案外みんな本気で票を入れていることを知って。
少し、いたずらしたくなったのだ。
右手に力を込め、女子の名前を順番に書いていく。
1位 池田ななみ
隣にいる山下が、息を呑む。
2位 藤堂亜希
彼女たちに票を入れたクラスメイトの顔。鼻の下が伸びただらしない顔。
3位 安藤和咲
あいつ。あいつの、矢部浩人の多分好きな人。そして、板倉奏太。彼も彼女のことが好きなんだと思う。
俺が、奪いたいと思っている女。
4組の女子は、残らず全員名前を書き連ねた。上位の人たちだけでなく、全員。本当は、三人くらい名前を書けば満足だった。でも、チョークを握っているうちに身体が熱を帯び、理性で押さえつけることができなくなった。
このまま、続けたい。
誰かが傷つくかもしれない。
見たい。
その人の顔を。
傷ついた人間の、歪んだ顔を。
19位 岡田京子。
最後の一人の名前を書き終わる。
最下位は予想通り。投票を始める前から大方予想がついていた。クラスで浮いている少女。きっとクールな彼女はこんなことを気にしない。だから、書くことにためらわなかった。
「……よし」
「まじで、やったな」
「お前の手は煩わせなかっただろ」
「まあ、そうだけど……」
山下の口調は、普段より歯切れが悪い。
気づいていないだろうが、たとえ手を汚していなくたって、彼が共犯者であることには変わりない。つくづく、自分が最低な人間だと思う。でも、あと一時間もしないうちに皆が登校してくる瞬間が待ち遠しい。その時俺は、クラスの“マスター”になるのだ。
もう、徹底的に心が歪んでいることは自分からしても明らかだった。