俺と山下の投票活動は順調に進んだ。
翌日の昼休みには男子生徒20人のうち、13人は投票をしてくれたのだ。まあ、ほんの遊びに過ぎないからだろうか。自分で言うのもなんだが、俺は4組の中ではクラスの中心にいると自負している。もちろん、その権力を振りかざして弱い者いじめをしようとか、クラスで一番美人の池田ななみと付き合おうとか、そういったことを企むことはない。ただ、自分の発言や行動に大勢の連中がついてきてくれる。それだけで、お腹の底で暴れ回る自己承認欲求を満たしているのだ。

そう。そこまでは自覚していた。
自分は、どうしようもなく自己愛が強く、誰かに自分を認めて欲しくてたまらないのだと。だから、こんなふうに男子なら誰もがのってくれるようなくだらない遊びをして場を盛り上げようとした。

「くだんねえな」
14人目に声をかけた矢部浩人(やべひろと)は一瞬眉根を寄せて、クラスの女子の「名簿」を一瞥した。しかしそれは、ランキングについて軽蔑をしたわけではなく、単に話を飲み込むのに時間を要しただけなのだろう。その証拠に、「くだらない」と言いつつ、思わずぷっと笑みがこぼれていた。

矢部は、クラスの中でムードメーカーだ。俺とは違った意味で、クラスの中心にいる。お調子者といえばそうだが、とにかく愛想がよく男子からも女子からも好かれている。悔しいけれど、認めざるを得ない。
「だろ。くだらないだろ」
一緒にいた山下はいたずら好きの子供の目をして言った。けれど、その一言が逆に、矢部の好奇心をくすぐったに違いない。
「おっしゃ。どうせこんなもん、男子(おれ)たちの間で楽しむだけなんだろ。それなら俺だって男だ。投票してやるぜ」

彼はいともたやすく俺の誘いにのってくれた。さすが、クラス一ノリの良い好青年。

「さんきゅ。さ、思う存分好きなやつに入れてくれ。ちなみに一人三票まであるぞ」

女子の「名簿」を彼に差し出すと、矢部は少し考え込んだあと、とある人物の横に「正」の字を入れ、ペンを置いた。

「なんだ、一人でいいのか?」

「ああ」

「まじか。それって、ガチじゃん」

「そうだよ。悪いか」

「ほー! なるほど、お前って、“彼女”がタイプだったんだな」

「うるせー黙れ」

はいはい、と俺は矢部の肩に軽く手を触れた。
まさか、こいつが本気で好きなやつに投票するなんてな。まあ、他のやつらも本命の女子に入れたんだろうが。
普段クラスを盛り上げている人間がこぼす本音とやらが、この紙一枚にこぼれていると思うと、面白い。
矢部は投票を終えると先生に呼ばれたのだと言って教室から出て行った。俺は山下と彼の投票結果を見つめる。

安藤和咲(あんどうかずさ)”。

俺は、彼が票を入れた人物の名前を心の中で反芻した。
手に入れたい。
自分が悔しいと思う相手が想う人間を。
手に入れたい。
俺は、15人目の投票者として、シャーペンを手に取った。
安藤和咲。
たった一人、彼が投票したのと同じように、俺は彼女の隣に「正」の線を引く。

「お、いいのか?」

「こんなの遊びだって」

ムキになった俺を、山下が面白がって見ている。
俺が引いた「正」の字の線は、先ほど矢部が書いたものを否定するように、太く濃くなっていた。