フィナーレが、始まる。
様々な色の花火が、連続で上がった。これまでよりも花火が上がるスピードがぐんと早くなった。
綺麗だった。
もし、きみの隣にいられたら、もっと気持ちが昂っていたんだろうと思う。
でも、きみがいなくても十分。
この美しい花たちを見ていれば、心が洗われる気がしたのだ。
「「わ〜!」」
全員が、同じ空の景色を見て歓喜する。金色の大きな丸い花火が次々と上がった。
最後の瞬間。
一番激しく、神々しく、花火は舞い上がり、余韻を残して消えてった。
ワッという声が上がり、花火の端の端が、最後のその一縷の光が消えるまで、俺たちは永遠と夜空を見上げていた。
「すごかったな!」
ようやく花火の興奮が冷めてきて、山下が俺の肩を揺さぶった。
「お、おう。ほんと、すげえよ」
花火大会なんて、子供の頃から何度か見てきたのに、歳をとれば見方が違ってくるんだ。
たぶん、10年先はもっと違う気持ちで眺めているだろう。
「な、来て良かっただろ」
「まったくだ。さんきゅな」
この時まで、俺は花火を見た満足感でいっぱいになっていて、他の観客と同じようにそのまままっすぐ電車に乗って家に帰ろうと思っていた。
でも、不意に山下が背中を叩いてこう言った。
「さ、行けよ」
「ん」
「京子ちゃん。近くにいるんだろう」
「え?」
なぜ、こいつが。
京子がこの会場に来ていることを知っているんだろうか。
まあ確かに、花火大会なんてほとんどの子供が楽しみにしているイベントだし、来ていると考えても不思議じゃないが。
彼の目は、当てずっぽうで言っているのではなく、何か確信を持って告げているように見えた。
「……分かった。行ってくる。てかお前、本当は高坂さんと来たかったんだろう」
「……バレてたか。まあ俺のことはいいんだよ。頑張れ!」
俺の肩をぽんぽんと軽く叩く山下。全く、良いやつかよ、お前は。
正直言って、彼女と会うのは怖かった。第一、この場に来ているということは、板倉と一緒なんじゃないか。そんな中わざわざ探して会いに行くなど、余計傷つくだけじゃねえか。
傷つく。俺ともあろうものが、恋に破れて傷つくなんて。ははっ。笑っちまう。今まで、誰が誰を好きだという噂を聞いたって、何も心が動かなかった。その人たちの心を知らなかった。だからあんなゲスなランキングだって作れたのだ。
俺が、何も知らないばっかりに、多分いろんな人を傷つけてしまった。
岡田京子だって、その一人に違いない。
背後で山下が手を振ってくれるのに背中を押され、俺は駅の方へと流れる人並みをかき分け、真逆にずんずん進んだ。
彼女は今、どこにいる?
浴衣の女子などたくさんいる。彼女が来ていた紺色の浴衣も、珍しい色じゃないし、見つかるなんて思えなかった。
でも、そんな理性とは裏腹に、感情の部分が叫ぶ。「早く、彼女を見つけろ」と。前へ、進め。もう後戻りなどできない。
周りの人たちとは逆方向に歩く俺に対し、不快な表情を見せる人も少なからずいた。「すみません」と謝りながら、彼女を探した。
そうしてどれくらい、歩いただろうか。
紺色に、赤い花の咲く浴衣を身に纏う彼女の姿が、河原に佇んでいるのを目にした時、胸がかっと熱くなるのを実感した。
彼女は一人で、そこに立っていた。
ブルーシートを敷いていた家族連れがシートを片付け歩き出しても、彼女と肩をぶつけて人がすれ違っても、遠くを見つめてそこにいた。
板倉の姿はおろか、彼女と仲の良い女友達もいない。
その様子が、去年、教室の中で一人窓の外を眺めていた彼女の淋しげな姿を彷彿とさせた。
俺は、そんな彼女の元へ一歩一歩進む。もう、迷うことはなかった。この先彼女の口からどんな言葉を聞くことになっても、今の自分の行動を後悔することはない。
「岡田」
愛しい人の名前を呼ぶ時、胸が苦しい。この感情を、俺はこれまで一度も抱いたことがなかった。全部、きみが教えてくれたのだ。
彼女はビクッと肩を震わせて恐る恐るといったように、振り返った。
「宮沢くん……?」
なぜ、俺が今ここにいるのか。
そんな疑問が彼女の中で渦巻いていることは百も承知だった。けれど、俺には彼女に言わなければならないことがある。だから、緊張で震えていた足に必死に力を入れた。
「突然、ごめん。岡田に、伝えたいことがあってここに来た」
自分でも驚くほど自然に、彼女に話しかけられた。岡田の大きな瞳が俺に向けられている。いつか、教室で彼女と初めて言葉を交わした時と同じように。
「伝えたいこと……?」
「ああ。俺さ、この間板倉と話したんだ。もしあいつが、本当に岡田のことを想うなら、もっと大事にしてやれって。ちゃんと自分の気持ちと向き合えって」
彼女は俺の話を聞いてとても驚いた表情をしていた。
「なあ、今日、板倉と一緒にいたんだろう。あいつは、ちゃんと向き合ったんだな。それを知れて良かったなって、思って」
「ああ……それで」
何か、納得した様子の彼女は胸の前でぎゅっと右手を握りしめる。俺と彼女の距離、1メートル。この空白が、俺たちの現状。
「本当はさ、俺。もっと別のことを言いたかったんだ、板倉に。だけどあいつが、なんかしんどそうな顔してたからつい。……去年のあのランキングの件から俺たちは互いに敵みたいになっちまってたから。まあ全部俺が悪いんだけどな」
途中から、自分が何を言いたいのかが分からなくなる。俺は自分が思っていたほど、板倉を恨んではいなかった。全部俺の負け犬の遠吠えだったのだ。
彼女の瞳が、みるみるうちに大きく開かれる。伝えるなら、今しかない。もう俺は、いい加減自分の気持ちを昇華させる。
「……俺は、岡田のことが好きだったんだ」
様々な色の花火が、連続で上がった。これまでよりも花火が上がるスピードがぐんと早くなった。
綺麗だった。
もし、きみの隣にいられたら、もっと気持ちが昂っていたんだろうと思う。
でも、きみがいなくても十分。
この美しい花たちを見ていれば、心が洗われる気がしたのだ。
「「わ〜!」」
全員が、同じ空の景色を見て歓喜する。金色の大きな丸い花火が次々と上がった。
最後の瞬間。
一番激しく、神々しく、花火は舞い上がり、余韻を残して消えてった。
ワッという声が上がり、花火の端の端が、最後のその一縷の光が消えるまで、俺たちは永遠と夜空を見上げていた。
「すごかったな!」
ようやく花火の興奮が冷めてきて、山下が俺の肩を揺さぶった。
「お、おう。ほんと、すげえよ」
花火大会なんて、子供の頃から何度か見てきたのに、歳をとれば見方が違ってくるんだ。
たぶん、10年先はもっと違う気持ちで眺めているだろう。
「な、来て良かっただろ」
「まったくだ。さんきゅな」
この時まで、俺は花火を見た満足感でいっぱいになっていて、他の観客と同じようにそのまままっすぐ電車に乗って家に帰ろうと思っていた。
でも、不意に山下が背中を叩いてこう言った。
「さ、行けよ」
「ん」
「京子ちゃん。近くにいるんだろう」
「え?」
なぜ、こいつが。
京子がこの会場に来ていることを知っているんだろうか。
まあ確かに、花火大会なんてほとんどの子供が楽しみにしているイベントだし、来ていると考えても不思議じゃないが。
彼の目は、当てずっぽうで言っているのではなく、何か確信を持って告げているように見えた。
「……分かった。行ってくる。てかお前、本当は高坂さんと来たかったんだろう」
「……バレてたか。まあ俺のことはいいんだよ。頑張れ!」
俺の肩をぽんぽんと軽く叩く山下。全く、良いやつかよ、お前は。
正直言って、彼女と会うのは怖かった。第一、この場に来ているということは、板倉と一緒なんじゃないか。そんな中わざわざ探して会いに行くなど、余計傷つくだけじゃねえか。
傷つく。俺ともあろうものが、恋に破れて傷つくなんて。ははっ。笑っちまう。今まで、誰が誰を好きだという噂を聞いたって、何も心が動かなかった。その人たちの心を知らなかった。だからあんなゲスなランキングだって作れたのだ。
俺が、何も知らないばっかりに、多分いろんな人を傷つけてしまった。
岡田京子だって、その一人に違いない。
背後で山下が手を振ってくれるのに背中を押され、俺は駅の方へと流れる人並みをかき分け、真逆にずんずん進んだ。
彼女は今、どこにいる?
浴衣の女子などたくさんいる。彼女が来ていた紺色の浴衣も、珍しい色じゃないし、見つかるなんて思えなかった。
でも、そんな理性とは裏腹に、感情の部分が叫ぶ。「早く、彼女を見つけろ」と。前へ、進め。もう後戻りなどできない。
周りの人たちとは逆方向に歩く俺に対し、不快な表情を見せる人も少なからずいた。「すみません」と謝りながら、彼女を探した。
そうしてどれくらい、歩いただろうか。
紺色に、赤い花の咲く浴衣を身に纏う彼女の姿が、河原に佇んでいるのを目にした時、胸がかっと熱くなるのを実感した。
彼女は一人で、そこに立っていた。
ブルーシートを敷いていた家族連れがシートを片付け歩き出しても、彼女と肩をぶつけて人がすれ違っても、遠くを見つめてそこにいた。
板倉の姿はおろか、彼女と仲の良い女友達もいない。
その様子が、去年、教室の中で一人窓の外を眺めていた彼女の淋しげな姿を彷彿とさせた。
俺は、そんな彼女の元へ一歩一歩進む。もう、迷うことはなかった。この先彼女の口からどんな言葉を聞くことになっても、今の自分の行動を後悔することはない。
「岡田」
愛しい人の名前を呼ぶ時、胸が苦しい。この感情を、俺はこれまで一度も抱いたことがなかった。全部、きみが教えてくれたのだ。
彼女はビクッと肩を震わせて恐る恐るといったように、振り返った。
「宮沢くん……?」
なぜ、俺が今ここにいるのか。
そんな疑問が彼女の中で渦巻いていることは百も承知だった。けれど、俺には彼女に言わなければならないことがある。だから、緊張で震えていた足に必死に力を入れた。
「突然、ごめん。岡田に、伝えたいことがあってここに来た」
自分でも驚くほど自然に、彼女に話しかけられた。岡田の大きな瞳が俺に向けられている。いつか、教室で彼女と初めて言葉を交わした時と同じように。
「伝えたいこと……?」
「ああ。俺さ、この間板倉と話したんだ。もしあいつが、本当に岡田のことを想うなら、もっと大事にしてやれって。ちゃんと自分の気持ちと向き合えって」
彼女は俺の話を聞いてとても驚いた表情をしていた。
「なあ、今日、板倉と一緒にいたんだろう。あいつは、ちゃんと向き合ったんだな。それを知れて良かったなって、思って」
「ああ……それで」
何か、納得した様子の彼女は胸の前でぎゅっと右手を握りしめる。俺と彼女の距離、1メートル。この空白が、俺たちの現状。
「本当はさ、俺。もっと別のことを言いたかったんだ、板倉に。だけどあいつが、なんかしんどそうな顔してたからつい。……去年のあのランキングの件から俺たちは互いに敵みたいになっちまってたから。まあ全部俺が悪いんだけどな」
途中から、自分が何を言いたいのかが分からなくなる。俺は自分が思っていたほど、板倉を恨んではいなかった。全部俺の負け犬の遠吠えだったのだ。
彼女の瞳が、みるみるうちに大きく開かれる。伝えるなら、今しかない。もう俺は、いい加減自分の気持ちを昇華させる。
「……俺は、岡田のことが好きだったんだ」