「ふむ、結構時間を費やしてしまったね」

 俺もスマホで確認すると、もう時刻は夜の六時を回っていた。
それに、子供たち相手に遊んだということもあって、それなりに俺も疲れてしまった。

 それに、夏なのでまだ外は日が出ていたけれど、時間を考えればもうすぐ夜になってしまう。

 電車の移動時間を考慮すれば、そろそろ家に帰ったほうがいいかもしれない。

「……先輩、そろそろ帰りましょうか」

 なので、先輩にもそう提案すると、彼女も「そうだね……」と了承してくれた。

 今日も一日、特に何事もなく終わろうとしている。

 最初は『デート』なんて言われて狼狽えてしまったが、終わってしまえばなんでもない、いつも図書室で過ごす先輩との時間と何も変わらなかった。

 こんな日常が、ずっと続くだけでいいんだ。

 俺は、そんな風に思っていた。

 
 ――だが、紗季先輩は、違ったのだ。


「……慎太郎(しんたろう)くん」

 前を進む俺を、紗季先輩が引き留めた。

 人が交差する駅の改札口の近く、紗季先輩は俺の袖をそっと掴む。

 その力は弱弱しくて、俺が動いてしまえば、すぐに離れてしまうほどに頼りない。

 だけど、俺から離れたくないという想いが、先輩の手から伝わってきていた。

「……慎太郎くん」

 もう一度、俺の名前を呼ぶ紗季先輩。

 そして、かすかに零れてしまった声が、聞こえた。


「……帰りたくない」


 確かに、紗季先輩はそう言った。

 いつもの余裕のある笑顔はなく、何かに怯えるような表情が、そこには浮かんでいた。

「私は……帰りたくない」

 もう一度、先輩は同じ台詞を繰り返す。

「先輩……うっ!」

 それを聞いた瞬間、俺の頭の中で金属音のような音が響き、目の前が暗闇に包まれた。