「それはね、自分の書いた小説を見せるなんて、恥ずかしいからに決まってるじゃないか」

 ……一瞬、座っている椅子からずっこけそうになった。

「ふふっ」

 だが、そんな俺の心境を察したのか、先輩は声を漏らして笑っていた。

「まあ、そんなものだよ。特に小説なんて自分の性癖を暴露するようなものじゃないか。つまり、私は自分の性癖を公開して興奮するような人間ではないということさ。もちろん、小説家がそういう人たちばかりじゃないと言っておかないと、職業で人格差別をすることになってしまうから、注釈に書き加えておかないといけないけどね」

 性癖とか興奮とか、おおよそ普段の先輩から出てくることのないような言葉が飛び出してきて、それを変な意味に捕えてしまうのは、果たして俺が悪いのだろうか?

「だから、私は楽しむ側が向いているんだよ」

 そう締めくくって、先輩の創作論についての講義は幕を閉じた。

 結局、先輩が言ったことのほとんどは理解できなかったけれど、つまりは先輩に創作意欲がないということだけは、なんとなくわかった気がする。

「ただ、そうだね……」

 しかし、先輩は話の最後に、俺の顔をじぃーと見つめながら、こんなことを言ってきた。

「慎太郎くんがどんな小説を書くのかは、少し興味があるけどね」

「……俺も、自分の性癖を暴露するような人間じゃないんですけど」

「案外、そうでもない気がするけどね」

 にんまりと笑ってそう告げた先輩の顔を見て、俺は確信した。

 やっぱり、この人は俺をからかう為にわざと言葉を選んでいるのだと。

 でも、そんな意地悪な笑みのはずなのに、その笑顔がどうしようもなく可愛らしく見えてしまうのは、この人のズルいところだと思った。