「……勝手な奴」

 それだけ呟いて、俺は渋々汗だくのシャツを脱いで着替えを箪笥から引っ張りだす。

 翠……水菜翠と俺は、幼い頃からの同級生であり、家が近所ということでそれなりに交流があった。

 両親とも仲が良く、母さんや父さんも翠を自分の娘のように可愛がっているし、むしろ、先ほどの母さんの態度から、俺より翠のほうを可愛がっている傾向がある。

 まぁ、それに対して不満を抱くような子供ではないが、翠が何かと優等生であるがゆえに、比べられてしまう俺は何度も小言を言われる羽目になっている。

 やれやれ、と自虐をするだけしたところで、俺は着替えを終えて部屋から出て行く。荷物も簡素なバッグに財布を入れただけの軽装だ。

「あら、あんた、どこか行くの?」

 リビングから俺が通り過ぎるところが見えたのか、靴を履こうとした俺のところまで母さんがやってきた。

 その表情は、やや呆れと怒りが混じったように、眉間に皺が寄っていた。

「……翠が一緒に夏祭り行きたいっていうから付いていくことになった。飯は適当に置いてくれてたら食べるよ」

「あら、翠ちゃんと! なんだ、あんた、結構いいところあるじゃない」

 翠の名前を出した途端、明らかに上機嫌になる母を無視しながら、俺は玄関の扉を開ける。

「じゃ、行ってくる」

「はーい、翠ちゃんに宜しくって伝えといてねー」

 はいはい、と適当に相槌を打った俺は、外に出る。

 そして、夕方になっても熱気に包まれた夏の匂いは、また俺を不快な気持ちにさせるのだった。