八月二日。

 日曜日の昼間の時間帯ということもあって、繁華街の駅周辺は人の出入りが激しい。

 今の俺は大学生活を経験しているので、この人混みにもなんとか耐性はついているのだが、高校生だった当時なら間違いなく体力を奪われていることだろう。

 ただ、たとえそうだったとしても、今の俺はなんとか気力を保ち続けなければならない。

 何故なら……。

「平気かい、慎太郎(しんたろう)くん?」

 隣に、俺のことを気遣ってくれる女性がいるからだ。

 艶のある黒髪を揺らし、甘い香りが漂う少女。

 そして、浮かべる笑みには蠱惑的な魅力があった。

 もちろん、その人物とは、図書委員会の先輩である黒崎(くろさき)紗季(さき)先輩だ。

 俺は本日、紗季先輩に誘われて都会の街を訪問していた。

 昨日、急遽決まった予定であり、一体図書委員としての仕事はどうするのかと思ったのだが、そこは紗季先輩が図書委員会の責任者である青野先生に連絡を取って今日はお休みにすることにしたらしい。

 まあ、図書室を解放していたのは、殆どボランティアどころか俺たちの都合で開放していたようなものなので、日曜日に閉まっていたとしても困ることはないだろう。

 結局、俺たちが図書室にいる間に訪れた生徒の数なんて、両手の指どころか片手の指ですら数えられるくらいの人数だったし。
 しかし、残念ながら今の俺は、他人の心配をするような心の余裕なんてどこにも存在していない。