――きみは本が好きなのかい? それとも、人間が嫌いなのかい?
紗季先輩から告げられたその言葉は、当時の俺にとっては、自分の本質を見抜かれてしまったようで、正直怖かった。
誤解がないように言えば、俺は本当に本が好きだし、今でもその気持ちは変わらない。
だが、それは表面上の真実であって、もしかしたら俺の無意識の中には、もっと別の何かが蠢いていたことも、また事実だった。
俺は、生きていく内に『他人』という存在と馴染むという行為が、いつの間にか自然とできない自分に気付いてしまった。
誰かに合わせるように会話をし、誰かの態度を確認しながら言葉を並べていく。
そういう、普通の人なら簡単にできてしまうことが、俺にはできなかった。
だから自然と、周りにいた友達は俺から離れていったし、誰も俺のことなど相手にしなくなった。
ずっと傍にいたのは翠くらいだけど、それはあいつが少し変わり者だから、俺なんかが相手でも、幼なじみとして、何も変わらず接してくれただけだ。
それなのに、身勝手な俺は『孤独』を感じて、本の世界へと足を踏み入れた。
だけど、紗季先輩に初めて声を掛けられたとき、ようやく気付いたのだ。
俺は、人間が嫌いになってしまったから、本が好きになってしまったんじゃないかと。
それは、俺にとっては衝撃の事実であり、大好きだった本に対する裏切りのように、そう思ってしまったのだった。