「……へえ、こんな場所があったんだね」
紗季先輩は、感心したようにそう言うと、目の前に広がる景色をじっと見つめていた。
そして、しばらくの間そうしていると、ふいにこんなことを囁く。
「……こうしてみると、この町は小さいね」
紗季先輩に言われて、もう一度、ここから見える町を眺める。
確かに、中学生の頃に見ていた景色より、町全体が小さく見えているような気がした。
だけど、それは俺がこの町を出て、都会での生活に慣れてしまったせいかもしれない。
「……先輩は、昔はもっと広い町に住んでいたんですか?」
なんとなく、先輩にそう質問すると、彼女は首を横に振った。
「いや、それほど変わらなかったと思うよ。ただ、こんな小さい町に、私は暮らしていたんだなって、そう思っただけさ」
耳に掛かった黒髪を手で払いながら、紗季先輩は俺にそう告げた。
いつもの、ミステリアスでどこか掴みどころのない紗季先輩の雰囲気が、今はどうしようもなく不安を駆り立てる要因になってしまっているのは、俺の気のせいだろうか?
しかし、その理由が明確にできないまま、紗季先輩は新たな疑問を俺に投げかけてきた。
「慎太郎くん。さっき、きみはここに来るのが久しぶりだと言ったよね? それは、どうしてなのかな?」
「どうして……ですか?」
なぜ、紗季先輩がそんなことを知りたいのか、正直俺には、わからなかった。
だが、先輩の質問には、今の俺でもはっきりと答えることができた。
「それは、もう俺がここに来る理由がなくなったからです」
「理由?」
俺の返答を聞いて首を傾げる先輩に、俺ははっきりと告げた。
「ここは、俺が一人になりたいときに来ていた場所だったからです。いや……ちょっと違いますね。誰とも会いたくないときに来ていたんです。そういうことって、先輩にはありませんか?」
「……そうだね。人間、誰でも一人になりたいときはあるものだよ」
俺は、先輩が自分の意見を肯定してくれたことに安堵しつつ、きっと、先輩自身もそうなのだろうと思った。
「でも、そういう場所は、必要なくなりました……。俺にも、居場所が出来たんです」