「そうか、ありがとう慎太郎くん。きみは本当に悪い子だね」

「そこは従順な後輩なんですから逆の言葉が欲しかったんですけど……」

 って、ああ、そうか。今から校則違反に協力するわけですから、悪い子でいいのか。

 おそらく、校則違反どころか道路交通法違反にも当てはまるはずだ。

「まあ、そういうことさ」

 しかし、紗季先輩はどこか嬉しそうに微笑んでいた。

 そして、俺が自転車に跨ると、先輩もそれに合わせて後ろの荷物置きに腰掛ける。

 身体を少し斜めにして少しバランスを崩しそうにしながらも、しっかり俺の腰に腕を回してきた。

 一瞬、その行為にドキッとしてしまったが、安全のためには必要な行為には違いなく、俺は全く気にしない振りをすることにした。

「じゃあ、行きますよ」

 そして、ペダルを踏みこもうとしたところで気付く。

「……えっと、どこに行けばいいんでしたっけ?」

 紗季先輩は、俺に行き先を指定していないことに今更気付いた。

 普通に考えたら、先輩の家まで送ればいいのかもしれないが、あまりあの家にはいい思い出がないので、近づきたくないというのが本音なのだが……。

「慎太郎くんが行きたい場所でいいよ」

 そして、紗季先輩はぎゅっと、俺を抱き寄せるようにして身体を預けてきた。

 俺の行きたい場所……か。

「わかりました」

 俺は、ペダルに力を込めて走り出す。

 下り坂を一気に駆け抜ける勢いにも、後ろの先輩は戸惑う様子もなく、声を上げたりすることもなかった。

 だけど、俺の背中には、確かに紗季先輩の存在を感じさせる温もりが、ずっと伝わってきたのだった。