「慎太郎くん」
だけど、そんな俺の疑問を、紗季先輩に確認することができなかった。
規則的に動いていた先輩の足が止まり、俺をじっと見つめる。
まだ日が落ちるまで時間はあったが、空の青い色が、少しずつ赤い色を帯び始めていた。
「ちょっとお願いがあるのだけど、いいかい?」
そして、紗季先輩は俺が返事をする前に、こう告げた。
「きみの自転車に、乗せてくれないだろうか?」
……はい?
「いや、ずっと自転車というものに乗ってみたかったんだけど、私は自転車には乗れなくてね。だから、一度経験してみたかったんだ」
ふふっ、といたずらな笑みを浮かべる紗季先輩。
「どうしたんだい、慎太郎くん? もしかして、私が自転車に乗れないことに対して何か苦言があるのかい?」
「いや、そういう訳じゃないですけど……」
咄嗟にイメージしてみたけれど、確かに紗季先輩が自転車を漕いでいるというのはあまり想像ができなかった。
ただ、先輩が自転車に乗ろうとしてコケる姿というもの、想像しにくい。
俺がそんな妄想に耽っていると、先輩は自転車の後ろにある荷物を載せるために設置された金具に触れる。
「まあ、完全に校則違反にはなってしまうけれど、見つかったら私が責任を取るから慎太郎くんは心配しないでくれたまえ」
紗季先輩は、まるで高価な品物を手に取るように、優しく俺の自転車に触れる。
別に、二人乗りくらいなら以前にも翠と経験しているので(しかも、大抵行きの通学で鉢合わせてしまい、必然的に上り坂を走ることになるので地獄だった)紗季先輩が乗りたいというのなら、俺に異論はない。