思い出したくもない記憶。
きっと、それはどんな人間にもあって、この俺も例外なく、そんな記憶を持っている。
そして、それが俺をこの町から出て行こうとした理由でもあった。
俺は夏が嫌いだし、この町が嫌いだ。
今年は爺さんの七回忌だからと母さんに説得されて帰って来たものの、今ではそのことも後悔している始末だ。
もうレポートの続きをする気力も起きず、もう一度ベッドで横になろうとしたその時、放り投げていたスマホの画面が光っていることに気が付いた。
どうやら誰かから電話が掛かってきているらしい。
そして、画面の表示には、俺のよく知る人物の名前が表示されていた。
俺はすぐにスマホを手に取って、電話に出る。
『あー、やっと出た。ねえ、慎太郎。あんたちゃんと準備できてんの? あたし、もう着替え終わったからいつでもいいわよ?』
電話越しでもよく通る声に、溌溂とした物言い。
だが、俺は首を傾げながら、そいつに質問を投げかける。
「えっと、翠。何のこと言ってんだ?」
『……はぁ。そんなことだろうと思った。どうせ、あたしの言ったことなんて覚えてないんでしょ……』
電話越しで、翠がわざとらしいため息をついた。
どうやら俺は、翠に呆れられるようなことをしてしまったらしいが、生憎、心当たりがありすぎて一つに絞れない。
こういうとき、自分の記憶能力の無さに辟易してしまうが、今更反省したところで状況が変化するわけでもない。
なので、俺は素直に翠が何のことを言っているのか教えてもらうことにした。
そのことでもっと憤慨するだろうと思っていたのだが、翠は素直に口を走らせた。
『夏祭り。一緒に行くって約束したでしょ?』
「……あー」
そういえば、そんな約束もしていたっけ。
『それじゃあ、あと十分だけ待ってあげる。その間にあたしの家まで来なさいよ。そんじゃ』
そう言って、翠は一方的に俺に制限時間を与え、電話を切ってしまった。