「昨日……。ああ、兄さんのことかい?」

 しかし、先輩はどうやら俺がお兄さんのことを気にしていると受け取ったようで、話を続けた。

「そうだね。兄さんは私たち家族と会えて嬉しそうだったよ。二人の両親にとっては、兄さんは自慢の子供だからね」

 俺は、また自然と「仲がいいんですね」と、口に出してしまいそうになって、慌てて止めた。

 何故なら、一昨日、同じ言葉を言って、先輩が複雑な表情を浮かべたからだ。

「兄さんは、私とは違うからね……」

 そう呟く先輩の声は、やはり悲しそうな顔をしていた。

 だから、というわけじゃないが、俺は自然と紗季先輩に向けて、こう告げていた。

「先輩は、先輩ですよ」

 思わず出てきた言葉を、俺はもう一度、はっきりと伝える。

「先輩は……俺の先輩です。だから、えっと……」

 しかし、途中から自分が何を話したいのかわからなくなってしまい、困惑する。

 ただ、伝えたい気持ちはあるはずなのに、それを言葉にできなかった。

「……慎太郎くん」

 だが、先輩はそんな俺に対して、優しく、そして嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

 そして、そのたった一言が、俺が先輩に伝えたい感情だと気づかされた。


 今日もまた、何気ない一日が始まる。

 そして、そんな一日が、俺がずっと守りたかった日々なのだと、痛感させられるのだ。