「いや……昨日、なかなか寝付けなくって……それで、寝不足というか……」
「ふむ、そうか。確かに昨日も夜は暑かったからね」
俺の言い訳に納得したのか、紗季先輩はまた、柔らかい笑みをつくる。
「それでは慎太郎くん、今日はあまり無理せず私に甘えてくれたまえ。私も、たまには先輩らしいところをみせようじゃないか」
先輩は、胸に手を当ててそう宣言した後、どこか上機嫌で俺の横に並ぶ。
「では、今日は一緒にゆっくり行こうか、慎太郎くん」
少しだけ風が吹き、先輩の黒髪が揺れると優しく心地よい香りが俺の鼻腔をくすぐった。
しかし、先輩はそんな俺を置いていき、先に歩き出す。
俺は、先輩から離れないように、同じ歩幅で歩きだした。
並んで歩く先輩の姿を、俺は横目で確認する。
俺より少し小さい先輩の姿に、どこか頼りなさを感じてしまう。
「慎太郎くん?」
だが、俺の視線に気づいたのか、先輩も横を向いて俺に問いかけてきた。
「なんだい? 今日の慎太郎くんは、やけに私のことが気になるみたいだね?」
ふふっ、顎に手を乗せて、どこか挑発的な微笑をする先輩に向かって、俺は尋ねる。
「いや、先輩は昨日、どうだったのかな……って思って」
本当は、もっと聞きたいことがあったはずなのに、俺は怖くて聞くことができなかった。